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今月の法話≪東京教区所属の僧侶による法話を連載いたします≫

今月の法話(8月)

2017 年 8 月 1 日

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「去る者は日々に「近し」」


 石川隆信
(城西組長安寺)



 東京はお盆を新暦で行いますので7月に終わっていますが、全国的には8月の月遅れ盆が一般的です。(沖縄は旧暦で行うため、毎年時期が違います。)
 普段から、お仏壇を通して、御先祖様とは通じているはずですが、やはり、お盆の時期、亡くなっている両親や妹の好きだった物を供えたり、普段以上の「おもてなし」をしようと思います。遠くの友人や親戚がやってくると、ごちそうを用意したり、美味しいお店に連れて行ってあげたい、と思うような感じでしょうか?

 普段、亡き方のいる世界=極楽のことを強く意識しない我々です。中国の古い言葉に「惠蛄(けいこ=セミ)春秋を知らず」というのがありますが、夏生まれて夏死ぬセミは春も秋もあるのに知らない、と言う意味です。我々も、地獄も極楽もあるかも知れないのに、ふだん考えようとしていないだけかも知れません。

 亡き方に対してに限らず、自覚があって迷惑をかけていたり悪いことをしていたりするのはまだ良い方で、知らない間に罪を犯していることもある我々です。その報いで、最悪、地獄に行く可能性もあるはずが、そのような「愚者」の自覚を持ちつつ、南無阿弥陀佛とお念仏を称えることにより、常に阿弥陀様に寄り添って頂き、この世での寿命が尽きた時は、極楽に迎えて頂ける、というのが、法然上人の開かれた浄土宗の教えです。お盆の時期、亡き方のこと・亡き方のおられる世界のことを、身近に感じたいと思います。

 私事ですが、昨年50才になりました。最近、小さい字が読みにくくなっています。老眼です。「老」は、インドで仏教を開かれたお釈迦様が説いた教え、この世の苦しみ=四苦のうちの一つです。毎年、高校の同級生と同期会(飲み会)をやっていますが、今年、50才になったのを機に、既に亡くなっている(50才を迎えられなかった)同級生が4人いて、彼らの追悼法要をやろうということになり、増上寺の裏の円光大師堂と言う所で行いました。併せて、我々が高校3年の時の担任の先生で亡くなっている方お二人の御回向もさせて頂きました。仏教系の高校で、同級生に私を含めて3人お坊さんがおり、取り仕切りました。代表して、私に「仏教の話をして」と言われ、同級生40人ほど、あと、当時お世話になった先生3人も参列されていたので、大変緊張しましたが、その後の飲み会でお話しした時、80代の先生方は耳が遠く会話にならず、私の話が聞こえてなかったらしいことが判明しました!

 一般的に「去る者は日々に疎し」と言います。亡くなった方の記憶は日が経つにつれ薄れていくのは、多くの場合、自然の流れです。しかし、亡くなった方の年令に近づいて行くことも多いですし、また、我々もいずれ、この世での寿命が尽きる日が来るのは明らかで、亡き人のおられる世界に、年々、日々、近づいているのは確かです。去る者は日々に「近し」と言っても、間違いでは無いようにも思います。亡き人のこと、亡き人のおられる世界のことを、ふだん以上に想いながら、8月のお盆は家内のお寺(京都)の棚経回りを出来ればと思います。
 どうぞ、皆様、熱中症にお気を付け下さい。  合掌 

今月の法話(7月)

2017 年 7 月 1 日

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「四十にして惑わず?」


 宮入良光
(豊島組良感寺)


40歳を越えてみて、しみじみ思います。
「四十にして惑わず」(『論語』)、・・・そんなことは無理!

人生には、必ず悩みが付きまといます。
何が善で何が悪なのか、人生の意味とはいったい何なのか、自分がこの世に生きている意味は何なのか・・・。
おそらく皆さんも、若き青春の日々をこのような悩みと共に過ごされた記憶があるでしょう。また、今まさに、この仕事は本当に自分がやりたかったことなのか、もっと他に幸せな人生があったのでは・・・等々、迷いには限りがありません。そんな迷いを常に頭の片隅に据えながら、ただ漫然と今を過ごしているのが私たちの日常です。

しかし、時は待ってくれません。「少年老い易く学成り難し」(朱子か?)。はたまた「世の中のムスメがヨメと花咲いて、カカアとしぼんでババアと散りゆく・・・」(一休禅師)。ひとたび無常の風が吹けば、この身は朽ち果てて、魂は独り旅の空に迷うばかり。

この世を「娑婆(しゃば)」とは、よく言ったものです。娑婆とは「忍土(にんど)」という意味です。つまり、どんなに辛く哀しいことがあろうとも、ただ堪え忍ぶしか術(すべ)がない世界。それがこの世の当たり前の姿。しかし、たとえ頭では分かっていても、愛しい人の死に直面したならば、喉の奥から込み上げてくる涙は留めようがないのです。私たちはそんな世界を生まれ変わり死に変わり、途方もない昔よりさまよいながら今日に至っているのです。だからこそ阿弥陀さまは、「我が名を呼べ。必ず極楽へ救い取る」と手を差し伸べて下さっておられるのです。それは遙か昔からのことです。阿弥陀さまの御心は、限りない慈悲そのものなのです。

「仏心(ぶっしん)とは大慈悲(だいじひ)これなり。無縁(むえん)の慈(じ)をもって、諸(もろ)もろの衆生(しゅじょう)を摂(せっ)したまう」(『観無量寿経』)

繰り返しますが、私たちの迷いには限りがありません。迷い苦しみながら生きてゆくのが、この世の当たり前の姿です。しかし、迷いながらも進むことによって分かる世界もあります。深まる信仰の世界があるのです。

私にとって忘れられないお話しがあります。ある御上人のお話しです。
それは、若き日の御上人が、お坊さんになるための修行に入られた時のことです。弱冠二十歳そこそこ、若き青年であった御上人。阿弥陀さまの救いを心から信じることが出来ないと悩まれたそうです。疑念や迷いが胸を苦しめます。「このような迷いを抱えたまま本山で修行を終え、いっぱしの僧侶となっても意味がないのではないか。お檀家の皆様に申し訳ない」と真剣に悩まれたそうです。ついに修行を止め山を下りる覚悟を持って、大僧正台下に心の内を申し上げたのです。
すると台下は、「なるほど、あなたの迷いは分かりました。しかし、『信仰』とは、日々『進行』するものです。今はまだ分からなくとも、そのまま進みなさい。必ず阿弥陀さまの仰せを信じることが出来ますよ」とおっしゃったそうです。

「悩み迷いながらでもよいのか・・・こんな私でもよいのか・・・」、熱き想いが胸に込み上げてきたそうです。「今こうして私が僧侶でいられるのも、台下のお諭(さと)しのおかげである」と、しみじみとお話し下さいました。

「信仰とは日々進行するもの」。なるほど、「行けば分かるさ」ということでしょうか。こんな私でもよろしいのですね。至心合掌。
さあ皆さんも、また一歩、人生の歩みを進めましょう。

今月の法話(6月)

2017 年 6 月 1 日

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 「つながり」


  鈴木英憲
(城南組寶蔵寺)




願わくは我が身きよきこと香炉の如く
願わくは我がこころ智慧の火の如く
念念に戒定の香をたきまつりて
十方三世の佛に供養したてまつる

これは、日々のお勤めやお檀家様の年回法要の時に、最初にお唱えする「香偈」といわれるお経の書き下し文です。お焼香をし、身も心も清め、すべての佛様に心からの供養をする。お経として聞いたことはあっても、なかなかその意味まで知っている人は多くないでしょう。こうやってもともと漢文のものを、平仮名交じりで書き記されたもので読めば意味も捉えやすく、意味を知っていれば普段お唱えしたり耳にするお経も、また違った様に聞こえるかもしれません。

さて今回は、少し仏教とは違う話をしたいと思います。

皆さんは、日本の文化と言われたら何を想像するでしょうか?相撲、歌舞伎、空手や柔道という方もいるでしょう。蕎麦やうどん、食文化という方もいるでしょうし、若い方の中にはアニメや漫画のキャラクターを模したお弁当、いわゆる「キャラ弁」と答える人もいるかもしれません。漢字・ひらがな・カタカナという三種類の文字を使う日本語こそがという人もいることでしょう。そんな中でも今回は、数ある文化の中でも「浮世絵」のお話をしたいと思います。

今はあまり馴染みのない浮世絵と言われて、皆さんは何を想像するでしょうか?浮世絵と言われて思い描くのは、葛飾北斎の残した「赤富士」や「富嶽三十六景」であったり、喜多川歌麿の美人画であったり。馴染みのない人は、町の銭湯の壁に描かれている富士山であったり、テレビ番組、笑点のオープニングのような絵といえば解りやすいでしょう。

そもそも浮世絵とは、16世紀後半に京都の庶民生活を描いた絵が始まりだと言われています。江戸時代、長く辛い戦乱の世が終わり、人々の心も晴れ、人々が躍るような姿や美人や人気歌舞伎役者、心に染みる景色の絵などが中心に描かれています。その後、歌麿や北斎といった浮世絵師達によって浮世絵は芸術性を持ち、人々に広く知れ渡っていきました。

その後、長かった鎖国の時代も終わり、浮世絵は世界にも広まっていきました。一説には、19世紀末頃に、包装紙として使われていた浮世絵がヨーロッパの画家達の目にとまり、その表情豊かな線や簡潔な色使い、自由な発想の図柄など日本独特の表現方法に強い衝撃を受けたといわれています。それまでの、写実的な技法を重視してきた西洋の人々には思いもよらなかった技法だったのでしょう。

19世紀に活躍した画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホもその一人です。7点に上る「ひまわり」という作品で知られるゴッホは、画商が大量に仕入れた日本の浮世絵を目にして、その絵画に魅せられました。情報のない時代、浮世絵から想像する日本に思いを馳せ、その姿を求めて南仏アルルに移住した彼は、遥か遠い日本から見る黄金の様な太陽を夢見て「ひまわり」を残しました。

現代にも、そしてこれからも残り続けるであろう「ひまわり」という素晴らしい作品を残した経緯には、日本の浮世絵が深く関係していたのです。もちろん、日本の浮世絵師達はそんなことを知る由もないでしょうが。

風が吹けば桶屋が儲かる。たとえそれがどんなに小さなことであっても、それは、思いもよらぬ誰かに影響を与えることがあるものです。

香偈をお唱えしながら焚いた香は、道具につき、衣につき、人につきます。人から人へ。

東京ではお施餓鬼の時季です。どうぞご家族やご親族とともにお寺にいらっしゃってください。あなたのお念仏する姿を見た人々にもまた、お念仏が受け継がれていくことでしょう。法然上人が残したお念仏の教えは、そうやって今の世まで続いてきたのですから。

今月の法話(5月)

2017 年 5 月 1 日

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「自分を見つめる」


 大野智行
(浅草組天嶽院)





 
『はきものをそろえる』
「はきものを そろえると 心もそろう
 心がそろうと はきものも そろう
 ぬぐときに そろえて おくと 
 はくときに 心が みだれない
 だれかが みだして おいたら
 だまって そろえて おいて あげよう
 そうすれば きっと
 世界中の 人の心も そろうでしょう」

この詩は長野県にある曹洞宗円福寺の藤本幸邦師が脚下照顧(きゃっかしょうこ)の教えをもとにつくられました。
脚下照顧とは『広辞苑』にも「脚下を照顧せよ」と記されており、「足もとを見なさい」から転じて「履物をそろえましょう」と標語的にも使われています。

「脚下」とは自分の足元を意味します。「照顧」は反省し、よく考え、よく見ることです。自分の足元を見るとは自分自身や自分の心を振り返り、今の自分を見つめなおすことです。

他人の行動は目につきやすいものです。自分自身を顧みないのについつい他人を批判してしまうこともあります。他人を批判する前にまず自分を見つめなおしましょう。他人に向ける目を自分自身に向けて常に自分の足元を疎かにしないように気をつけることが大切ではないでしょうか。

また、自分の足元について身近なことで考えてみると靴の脱ぎ方が浮かびます。靴の脱ぎ方を見てみると、その人の今の心の状態がわかるような気がします。脱ぎっ放しの靴を見ると、「だいぶ疲れているのではないか」、「最近忙しくて焦っているのではないか」と感じますし、脱いだ靴が揃えてあれば「きちんとしているな」とか「心にゆとりがあるな」と感じるかもしれません。
玄関を見ればその家の様子がよくわかるといいます。玄関は家の顔です、履物が綺麗に揃っている家は、家族みんなの心が穏やかではないでしょうか。

心にゆとりができれば自分自身がよく見えてくるでしょう。自分の履物を揃えて脱げるようになったら、他人の履物の乱れもなおせます。どんなに忙しい時でも履物を揃えて脱ぐ、そんな心のゆとりが欲しいものです。そうなれば、今よりももう少し他人に優しくなれるのではないでしょうか。

他人から優しくされた人は、違う誰かに優しくしてあげられます。自分の優しさがどんどん広がっていくような気がします。そう思いながら日々の生活を送るのも悪くはないと思います。

仏教では「自分を見つめなさい」と言います。自分ひとりだけで生きていけることはなく、様々な「ご縁」に支えられて生かされていることに気づきます。足元を見つめなおして、こうした「ご縁」を大切にしていきたいものです。 合掌

今月の法話(4月)

2017 年 4 月 1 日

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「わたしたちを待っていて
 くださった阿弥陀様」
小澤憲雄(八王子組極楽寺)





 桜の盛りも終わりを迎え、いよいよ青葉が一斉に芽吹くよい季節になってまいりました。四月は入学、入社と新たな門出を迎える方も多いことかと存じます。それにちなんで、浄土宗のみ教えの始まり、阿弥陀様がお念仏のお誓いをお立てになったときのお話を皆さんにお伝えしようと存じます。

 これは本当にはるかな昔、お釈迦様がインドでお生まれになるよりもずっと前の話になります。お釈迦様の教えは永遠の真理ですので、お釈迦様がお生まれになる前であってもその真理は変わりません。ですからそのことわりをお悟りになった方は大昔からいらして、お釈迦様以前にも色々な仏様がいらしたのです。そのような仏様で世自在王(せじざいおう)仏という方がいらして、人々に教えを説いていらっしゃいました。そしてその聴衆の中に法蔵(ほうぞう)という比丘がいました。

 法蔵比丘はある国の王様でしたが、世自在王仏のご説法に心動かされ、全てをなげうって仏道修行に身を投じた方でした。あるとき法蔵比丘は意を決して世自在王仏の前に進み出てこう申し上げます。

「世自在王如来さま、あなたは威光に満ち比べるもののないお方です。わたしもあなたと同じような仏となりたい。そして一番素晴らしい仏の世界を作り、あらゆる人々を救いたいのです。そのためにはどんな苦難も厭いません」と。

 しかし人間である法蔵比丘は仏の世界など実際に見ることも叶いません。法蔵比丘の志に打たれた世自在王仏は仏の神通力であらゆる仏の世界を示され、その世界を実現する方法を事細かにお教えになったのです。

 世自在王仏から教えをいただいた法蔵比丘はそこから長い思案に暮れます。今まで見た仏の世界からよいところを選び出し理想の世界をどう作り上げたらよいか悩みました。さらに多くの人々にその世界に来てもらうにはどうすればよいのかも問題でした。なにしろ法蔵比丘も自分の力では仏の世界を見ることすらできなかったのです。わたしのような修行者でも到達できないのに、普通の人々がどうやってその国にやってくることができるのか。

 思案を続けて長い長い時間が流れ、この難題にとてつもない年月を費やしました。それして法蔵比丘の髪はどこまでもどこまでも長く伸びていきました。そして法蔵比丘はついに考えをまとめると、世自在王仏に会いに出かけます。世自在王仏もまた法蔵比丘が答えを出すのを長い間待っていました。

「さあ法蔵よ、お前が見出した理想と覚悟を語ってごらん」と世自在王仏は促します。

 法蔵比丘は世自在王仏の前で、自分が追求する仏の姿とそれを実現するための覚悟を48個の誓いとして語ります。自分が無限の光と無限の寿命をもつ仏となり、どんなに遠くの人、どんなに未来の人であってもその救いを届けること。あらゆる仏の世界から選び抜いた、光と安らぎに満ちた極楽浄土を自身の国土として作ること。そして人々がどこにいても一心に自分の名前を称えてくれれば必ず迎えに行くこと。

「世自在王如来さま、わたしは仏になれるでしょうか」。決意に満ちた目で法蔵比丘は世自在王仏に問いかけます。世自在王仏は「素晴らしい誓いだ。おまえは必ず成し遂げるだろう」と認めてくださったのです。

 法蔵比丘は倦むことなく修行を続け、阿弥陀様になりました。そしてはるか西の彼方、極楽浄土にお住まいになり、今もそしてこれからもお救いの手をわたしたちに差し伸べてくださいます。ですからわたしたちが悩み苦しみを抱えながらも南無阿弥陀仏と称えれば、そこには必ず阿弥陀様が寄り添ってくださるのです。

 四月は八日がお釈迦様のお誕生日の花祭り、また浄土宗の総大本山で御忌大会が開かれ法然上人のご恩に感謝申し上げる月でございます。お釈迦様、そして法然上人が伝えてくださったこのお念仏のみ教えとともに、皆さんには新たな一歩を踏み出していただきたいと存じます。

今月の法話(3月)

2017 年 3 月 1 日

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「一人飯で仏教レッスン」
小川有閑(玉川組蓮宝寺)




 私の寺は境内もなく、お堂らしいお堂もなく、鐘楼もありません。知らない人はお寺と分からずに通り過ぎてしまうくらいの建物です。ですから、除夜の鐘で賑わうことはなく、初詣に来られる人も数軒の檀家さんのみ。毎年、年末年始は同業者には申し訳ないくらいにのんびり過ごさせてもらっています。

 今年の正月ものんびりとしたもの。昨年中に終えられなかった仕事は山積みではあるものの正月気分というやつで、テレビを見ながらごろ寝をしていました。私が観ていたのは
「孤独のグルメ」という番組の総集編。7時間くらいでしょうか、まとめて一気に放送をしていました。

 人気番組ですのでご存知の方も多いとは思いますが、どういう番組かご説明しますと、主人公は松重豊さん扮する井之頭五郎という独身男性。個人で貿易会社を営んでいる五郎さん。商談等で見知らぬ町に出かけ、一人美味しいランチを食べるのが大の楽しみ。30分番組の半分は五郎さんがただご飯を食べています。一緒に食べる人はいません。いつも一人。そして、五郎さんの心の声がナレーションとなります。「うん、うまい肉だ。いかにも肉って肉だ」「ちょっと早いが腹もペコちゃんだし、飯にするか。」「いいぞいいぞ、ニンニクいいぞ」などなど。

 なぜ、私が見入ってしまったのか。もちろんドラマとして面白いというのは大きな理由です。ただ、見ているうちにこう気付いたのです。

 「これは仏教だ!」

 五郎さんはご飯を食べながら、テレビを観ません。新聞も広げません。携帯電話もいじりません。ただただ、ご飯を食べています。次の予定を考えることもしませんし、さっきの商談を振り返ることも一切しません。ただただ、目の前のご飯のことだけを考えています。言わばご飯と向き合い集中して食べているのです。

 では、皆さんはご飯を食べるとき、どうしているでしょうか。テレビに気を取られていないでしょうか。携帯ニュースに目が行ったり、LINEのやり取りに夢中になったりしてはいないでしょうか。ご飯の一品一品、自分の一噛み一噛み、そこから伝わってくる味わいに、しっかり思いをいたしているでしょうか。

 仏教では「即今・当処・自己」という言葉があります。現代語にするなら「今・ここ・私」となりますが、今という時間・ここという場所に集中して、自分がなすべきことをなしなさいという意味と思ってください。ご飯を食べながらも他のことに気を取られ、食事自体がなおざりになることは「今」「ここ」に「私」がいないということです。その点、五郎さんのランチは、まさに、「即今・当処・自己」と言えるでしょう。

 私たちは食事一つとっても、なかなか目の前のことに集中ができません。常に意識はあっちに行き、こっちに行きをしています。正月早々、五郎さんの食べっぷりに仏教の神髄を教えられた気がしました。皆さんも一人で食事をする時には、仏教のレッスンだと思って少し五郎さんごっこをしてみてはいかがでしょうか。

平成29年2月、新規第1回

2017 年 2 月 7 日

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「超高齢社会から多死社会に向かう流れの中で~身近なお寺と仏教を目指して~」
浄土宗東京教区教化団団長
豊島組浄心寺住職・佐藤雅彦



<この法話のページについて>
 昨年12月25日から、浄土宗東京教区教化団の団長に就任した、豊島組浄心寺(文京区向丘2-17-4)の住職の佐藤雅彦です。この今月の法話のページは、浄土宗の檀信徒にとどまらず、伝統的な仏教の話に触れたい人なら誰でもアクセスできる気軽で、身近な仏教の入り口になるよう、これから教化団の方々と一緒に作り上げていきたいと願っています。今回は、このように活字を通して皆さんに届くよう発信していますが、元来、法話は、その和尚さんを目の前にして、その和尚さんの声を通して、受けとめ、心に染み入っていくものかと思います。またインターネットの世界も、動画や相互の交信がたやすくできる時代になっています。ご家庭にいて、さまざまな和尚さんの顔を見たり話が聴けたりするような「法話のページ」を作れたらいいなと、検討をはじめたところです。どうぞ楽しみに、このページを開いていただけますように、改めましてお願いしたいと思います。

 私は、西巣鴨にある大正大学という仏教の大学で「ターミナルケア」や「生命倫理」に関する講義を、若い学生や熟年で聴講に見えられている学生さんたちに行っています。すでに「高齢化社会」という言葉から「化」が取れて「超高齢社会」に突入し、その向こうで「多死社会」が待ち受けているといわれます。私たち浄土宗の法然上人、その源であるお釈迦さまも「いのちを大切に生かすための教え」を残してくれたといえます。このいまだ遭遇しなかった時代を前に、いのちを大切にしてゆく学びの機会を提供していきたいと思います。

●ある女性の訴えから
 今から30年ほど前のお話です。臓器移植や試験管ベイビーなど、新しいいのちの問題が社会で話題にされ始めたころ、私は「医療と宗教を考える会」という、月に一度、四谷で開かれる勉強会に学びに行っていました。そこには、当時はまだ70歳ほどの日野原重明先生(現在105歳)や作家の遠藤周作さん、「命の準備教育」で知られる上智大学のA・デーケン先生ら、そうそうたる顔ぶれの方々が熱心に見えられていました。必ず会場からの質問を広く吸収していたその会では、その日も講演の最後に、質問の時間が設けられました。
 40代と見受けられる婦人がサッと手を上げ、話し始めました。少し前に父を亡くした女性は、父の看取りについて話し始めたのでした。彼女の父親は、東京近郊に住み、母の死後、墓参りに行くことが生きがいのような生活をしていたそうです。毎日のようにお寺に出かけ、お墓の掃除をし、お参りをして帰ってくる、そんな生活をしていた父。その父ががんになり、今のように告知も進んではいない時代に、この婦人や家族は、父を看取ることの苦しみに困っていたそうです。彼女の不満は、お寺に向いていました。つまり「あんなにお寺が大好きで、お墓参りに出かけた父なのに、住職は見舞いにも来てくれなかった」と訴え、それ以来、お寺と距離を置くようになってしまったという話を吐露し「お坊さんは、死んでからお経は読んでくれても、病気と向かい合って家族も本人も一番苦しい思いをしているとき、何にも助けてはくれないではないか!」と、訴えたのでした。

●言わなければ伝わらない
 私は、その会場にいた僧侶の一人として発言を求、その女性に質問しました。「あなたは、そのお寺の方に父のところへ訪ねてほしいと伝えましたか?」と。すると彼女は、口ごもってしまいました。私は「「そんなにお参りをされたお父さんなら、そのお寺の住職やお寺のご家族も、○○さん、最近見えないね。具合でも悪いのかね」と話をしても、「お見舞いに来てください」とも言われないのに出かけていったら「お坊さん、まだ早いですよ、縁起でもない」と考えて、遠慮されていたかもしれませんね」と。ここには難しいお寺と檀家さんの関係があろうかと思います。気軽に「よし行ってあげようよ」と出かけていっても何も問題にならない関係性もあれば、お寺やお坊さんと接することに必要以上に「死」を連想して付き合う人と。昭和初期のようにみんなが同じ教育を受けていた時代とは異なります。「言わなくてもわかるはず」という発想は通用せず、今は「言わなければわからない」時代といえます。ちょうどこの頃は、お坊さんが病院に行くなど「霊安室に行く」ことを除いては、まだ考えられないような時代背景でした。

●多様なニーズの時代に
 それから30年ほどの時代が過ぎ、社会の様子は大きな変化を遂げています。さてお寺とみなさんとの関わり方はいかがでしょうか。伝統的なことが重んじられるお寺の社会も、少しずつではあっても確実に変わりつつあります。あの東日本大震災で多くの方々が亡くなり、改めて仏教の大切さや尊さが認められるきっかけにもなりました。少しずつではありますが、病む方々への関わりをお坊さんの活動に取り入れる僧侶も各地で広まりつつあります。亡き人の追善の法要をするだけではなく、そのお寺の住職によってさまざまな得意な活動があり、檀家の皆さん、または一般の方々は「こういうところが『痛い』『苦しい』から助けて」と助けを求めてもいいのです。もちろんお寺の住職も何でもできるわけではありません。得意なこともあれば、苦手なこともあります。病者の心を支えることが得意なお坊さんもいれば、子供たちと活動することが得意なお坊さんもいます。それではうちの住職は、見舞いに来てくれるようなタイプじゃないからダメだね、と諦める必要はありません。世の中はネットワークの時代です。必要があれば、東京の浄土宗寺院のご縁あるお坊さんがかけつけることのできるようなネットワークを作っていきたいと思っています。
 亡くなってからのお葬儀や法事だけではない、生きる時間に必要とされる仏教に、緩やかですが、変化していく時代に私たちは立ち合っていることを、どうぞ忘れずにいてください。そして仏教に助けを求めたい人は、どうぞその声を届けてください。

●どんなときにも仏さまはご一緒に
 浄土宗の宗祖・法然上人の教えは、いついかなる時にも阿弥陀様のお名前を「南無阿弥陀仏」と口に出して称えれば、阿弥陀仏のお守り、お救いをいただける、とても優しい教えです。まずは日常の生活の中に「南無阿弥陀仏」と称えて祈ることをしっかりと習慣づけられて、日々の生活・毎日を、生かされているいのちを大切に生きてまいりましょう。この日々の生活を大切に生きることこそ、超高齢社会を安心して生きることにつながっていくものです。

合掌

今月の法話(1月)

2017 年 1 月 1 日

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 「等身大のすばらしさ」

 伊藤顕翁(江東組安楽寺)





 仕事柄ご遺族の方々のお話を伺う機会が多くあります。
 特に東日本大震災やいろんな事情でかけがえのない家族とお別れをする。その中には親ばかりではなく、パートナーを更には大切な子供とお別れをしなければならなかった親御さんもおられます。言葉にできない程のつらさの中で苦しんでおられる。そんなお話を伺うと、こちらもとても胸が詰まる思いになります。

 特に子供に先立たれた親御さんにとっては生きる意味もなくなり、一つも楽しい事もやって来ない。ましてや日本中で「おめでとう」というこのお正月の時期は、元気な時にしていた「何気ない日常の時間」を思い出し、その事との対比でより苦しみが増し、日本中でのお祝いの言葉や楽しむ雰囲気に押しつぶされそうになる時期だと思います。

 多くの親御さんが長い時間お話しされてから仰る「会いたい。どんな姿でも良いからまた、抱きしめたい、触れ合いたい。」というその悲痛な叫びのような言葉が胸に刺さる事が多いのです。私はその時に、私自身も浄土宗の教えにとても助けられています。阿弥陀様が仰って下さった「お念仏を申される方には、必ず再会させよう」というそのお約束は、とてもありがたいと感じます。ただどうしても時間がかかります。どうか必ず再会できるという事をお信じになって、この世でたくさんのお土産のお話を作って、どっさりとそのような贈り物をお持ちになれる準備を長年かけてでもして欲しいと思うのです。

 先立たれた方もきっとそのお姿を見守られながら、楽しみにしているはずです。いずれまた多くのお土産をお持ちになって会いに来てくれるというその祈りの言葉は先立たれた方にとっては何にも代えがたい励みの言葉ではないかと信じています。
 
 さて、そんなお話を伺っていると、親というのはいくつになっても親なのだと当たり前の事に気づかされます。ですから親は必ず子供より大きい存在なのです。心配なのです。生きている我々の方もその事を十分に認識する必要があります。自分は親よりもどんな事があっても小さいのだという事を。なぜなら親から命を頂いたのですから。そしてその親も祖父母よりは小さい。親よりも小さいという事実を認識する事が「等身大の自分」の原点です。

 「等身大」で生きるというのは効率よく一番楽に生きられると聞いたことがあります。それにはたまに思い出す、認識すれば良いのです。たまに思い出す良い場所があります。それはお墓です。親でなくてもその上のご先祖がおられます。その方々へ命をつないでくれた感謝を申し上げるのはご自身の幸せの為にも重要ではないかと思います。どうかそれを次世代にもつないで下さい。お一人ではなく、なるべく多くの方で今年からはお参りできます事を願っております。

 そしていろんな所へ初詣をされるのは構いません。同時にご先祖の所へも、菩提寺のご本尊様にも新年のご挨拶をしたいものです。なぜならその時はいつやって来るのか誰にもわかりません。震災の被災者の方々も地震が起きるまではありふれた幸せの時間が流れていたのです。一瞬でそれは変わるのです。だからこそ普段からの準備が大切なのです。

今月の法話(12月)

2016 年 12 月 1 日

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 「感謝をする心」

 多賀谷浄繁(北部組浄正寺)





 今年一年もまた振り返ってみると、あっという間でした。その日その日をそれなりに忙しく賢明にすごしてはきたけれども、何をしてきたのか、これといったことも無しえず、目の前のことに紛れて過ぎてしまいました。そんな思いがつのります。

 一日が終わり眠りにつく、朝、目が覚めると一日が始まる毎日が当たり前のように生活をしています。朝起きると息をしていること、指や手足が動くこと。自分で起き上がることが出来ること、ご飯が食べられること、庭に出ると木々の間から日が差し、季節の草花が咲いているのも見る事が出来ます。どれもこれも毎日の出来事ですが、このことが、幸せだと感じられる心こそが豊かさではないでしょうか。

 人生の喜びというのは、生きていることが当たり前ではなくて、生かされて生きていることに気づかなければならないということです。普段、生活をしていると自分の力で生きていると思っていますが、それはとんでもない間違いです。心臓が動いているのも、血が流れているのも、決して自分の意志ではなく、それは大きな力によって動かされているのです。有難いことなのです。

 当たり前のことに対する感謝の気持ちを忘れ、自分は何でも出来ると思い込んでいる。うまくいかないのは運命のせいだと思っている。自分の欲望にとらわれて「隣の芝生は青い」というように、ほかの道に心を奪われ、自分の適性に沿わない道へ進もうと無理を重ねる。見栄や体裁にとらわれて、適性を無視し、間違った方向へ行こうといった姿が、感謝をする心を忘れ、不満ばかりに目を向けている。これでは幸せになれるはずはありません。

 幸せだと感じることは、起こる出来事が決めるわけではなく、環境が決めるわけでもありません。自分の心が決めることです。幸せになるのは簡単なことなのです。幸せはなるものではなく、気づくものだからです。幸せは自分のとらえ方で決まります。生きていることへの感謝、生かされていることへのありがたさ、みんながお互いを大切にしあい、生かしあっていこうという考えをもって日々暮らしていけば、小さな思いやりの輪があちこちで生まれ、ひろがり、やがては、お互いに平和で明るく幸せに生きていることに、気づくのではないでしょうか。小さな幸せを感じる、その感情が未来の幸せを呼び寄せます。それが人生の喜びの生きる秘訣ではないでしょうか。

今月の法話(11月)

2016 年 11 月 1 日

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 「藕糸(ぐうし)の縁」

 生野善應(城南組光福寺)





  藕糸の縁とは、人の複雑な繋がりを浮き彫りにした、仏教の基本思想を表現する相応しいことばです。
 周知のように、人は、ほんらい非力な存在です。食べ物、住む家、着る衣服、どれを取り上げても、数え切れないほど多くの人々が関係して作り出されたものを手に入れて活用しているに過ぎません。
 人と人との繋がりがあってこそ、人は生きていかれることを考えたとき、人間関係はだれにとっても、かけがえのない宝物であることが分かります。家族、親族、近所の人やお友達との関わりありはありがたいと改めて認識したとき、こうした縁に包まれ支えられている自分がとても幸せに思われてきます。
 自分の現在に状況を取り巻く複雑な人間関係のぬくもりは、人が歳を重ねるにつれて自然と体験できていくといっても過言ではないでしょう。
 ところで、現時点における様々な人間関係いわば「空間的」なヨコの縁とは別に、「時間的」なタテの縁を取り上げなければなりません。
 人は、それぞれに父母がおり、さらに祖父母がいて、自分の身体的・精神的特長が構成されています。また指導してくださった諸先生や先輩、親しく付き合った友人、読書を通じて知識と教養を培って下さった諸学者の恩恵も忘れられません。

 自分を取り巻くタテとヨコの人のつながりは仏教の基本思想ですが、これをたとえて話すとき、藕糸の縁は最適です。
 藕糸とはハスの根のこと。ハスは池の底に根を張り巡らして複雑に絡み合っています。その一本を取り出してみると、一方の端は細く干からびて土に帰しており、他の一端は細かいけれども瑞々しくこれから伸びようとする勢いがあります。中間部分は太くたくましく水面に真っすぐに茎をのばして、先端に美しいハスの花を咲かせています。この一本の根をファミリーに当てはめてみると、細く干からびて土に帰した部分は老化した人や亡くなった方を指し、細かいけれども瑞々しく勢いのある部分は健康で社会の第一線で仕事に学業に励み充実している人々を指すといわれます。

 ハスが何本も折り重なっているのは、ファミリーが相互に関係をもって安定した社会を創造しているのに喩えられるろ考えられます。
 すべては縁すなわち相関関係で成り立っているとの仏教の基本思想は、藕糸の縁によって美しくまた身近に感じられます。

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