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今月の法話≪東京教区所属の僧侶による法話を連載いたします≫

平成29年2月、新規第1回

2017 年 2 月 7 日

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「超高齢社会から多死社会に向かう流れの中で~身近なお寺と仏教を目指して~」
浄土宗東京教区教化団団長
豊島組浄心寺住職・佐藤雅彦



<この法話のページについて>
 昨年12月25日から、浄土宗東京教区教化団の団長に就任した、豊島組浄心寺(文京区向丘2-17-4)の住職の佐藤雅彦です。この今月の法話のページは、浄土宗の檀信徒にとどまらず、伝統的な仏教の話に触れたい人なら誰でもアクセスできる気軽で、身近な仏教の入り口になるよう、これから教化団の方々と一緒に作り上げていきたいと願っています。今回は、このように活字を通して皆さんに届くよう発信していますが、元来、法話は、その和尚さんを目の前にして、その和尚さんの声を通して、受けとめ、心に染み入っていくものかと思います。またインターネットの世界も、動画や相互の交信がたやすくできる時代になっています。ご家庭にいて、さまざまな和尚さんの顔を見たり話が聴けたりするような「法話のページ」を作れたらいいなと、検討をはじめたところです。どうぞ楽しみに、このページを開いていただけますように、改めましてお願いしたいと思います。

 私は、西巣鴨にある大正大学という仏教の大学で「ターミナルケア」や「生命倫理」に関する講義を、若い学生や熟年で聴講に見えられている学生さんたちに行っています。すでに「高齢化社会」という言葉から「化」が取れて「超高齢社会」に突入し、その向こうで「多死社会」が待ち受けているといわれます。私たち浄土宗の法然上人、その源であるお釈迦さまも「いのちを大切に生かすための教え」を残してくれたといえます。このいまだ遭遇しなかった時代を前に、いのちを大切にしてゆく学びの機会を提供していきたいと思います。

●ある女性の訴えから
 今から30年ほど前のお話です。臓器移植や試験管ベイビーなど、新しいいのちの問題が社会で話題にされ始めたころ、私は「医療と宗教を考える会」という、月に一度、四谷で開かれる勉強会に学びに行っていました。そこには、当時はまだ70歳ほどの日野原重明先生(現在105歳)や作家の遠藤周作さん、「命の準備教育」で知られる上智大学のA・デーケン先生ら、そうそうたる顔ぶれの方々が熱心に見えられていました。必ず会場からの質問を広く吸収していたその会では、その日も講演の最後に、質問の時間が設けられました。
 40代と見受けられる婦人がサッと手を上げ、話し始めました。少し前に父を亡くした女性は、父の看取りについて話し始めたのでした。彼女の父親は、東京近郊に住み、母の死後、墓参りに行くことが生きがいのような生活をしていたそうです。毎日のようにお寺に出かけ、お墓の掃除をし、お参りをして帰ってくる、そんな生活をしていた父。その父ががんになり、今のように告知も進んではいない時代に、この婦人や家族は、父を看取ることの苦しみに困っていたそうです。彼女の不満は、お寺に向いていました。つまり「あんなにお寺が大好きで、お墓参りに出かけた父なのに、住職は見舞いにも来てくれなかった」と訴え、それ以来、お寺と距離を置くようになってしまったという話を吐露し「お坊さんは、死んでからお経は読んでくれても、病気と向かい合って家族も本人も一番苦しい思いをしているとき、何にも助けてはくれないではないか!」と、訴えたのでした。

●言わなければ伝わらない
 私は、その会場にいた僧侶の一人として発言を求、その女性に質問しました。「あなたは、そのお寺の方に父のところへ訪ねてほしいと伝えましたか?」と。すると彼女は、口ごもってしまいました。私は「「そんなにお参りをされたお父さんなら、そのお寺の住職やお寺のご家族も、○○さん、最近見えないね。具合でも悪いのかね」と話をしても、「お見舞いに来てください」とも言われないのに出かけていったら「お坊さん、まだ早いですよ、縁起でもない」と考えて、遠慮されていたかもしれませんね」と。ここには難しいお寺と檀家さんの関係があろうかと思います。気軽に「よし行ってあげようよ」と出かけていっても何も問題にならない関係性もあれば、お寺やお坊さんと接することに必要以上に「死」を連想して付き合う人と。昭和初期のようにみんなが同じ教育を受けていた時代とは異なります。「言わなくてもわかるはず」という発想は通用せず、今は「言わなければわからない」時代といえます。ちょうどこの頃は、お坊さんが病院に行くなど「霊安室に行く」ことを除いては、まだ考えられないような時代背景でした。

●多様なニーズの時代に
 それから30年ほどの時代が過ぎ、社会の様子は大きな変化を遂げています。さてお寺とみなさんとの関わり方はいかがでしょうか。伝統的なことが重んじられるお寺の社会も、少しずつではあっても確実に変わりつつあります。あの東日本大震災で多くの方々が亡くなり、改めて仏教の大切さや尊さが認められるきっかけにもなりました。少しずつではありますが、病む方々への関わりをお坊さんの活動に取り入れる僧侶も各地で広まりつつあります。亡き人の追善の法要をするだけではなく、そのお寺の住職によってさまざまな得意な活動があり、檀家の皆さん、または一般の方々は「こういうところが『痛い』『苦しい』から助けて」と助けを求めてもいいのです。もちろんお寺の住職も何でもできるわけではありません。得意なこともあれば、苦手なこともあります。病者の心を支えることが得意なお坊さんもいれば、子供たちと活動することが得意なお坊さんもいます。それではうちの住職は、見舞いに来てくれるようなタイプじゃないからダメだね、と諦める必要はありません。世の中はネットワークの時代です。必要があれば、東京の浄土宗寺院のご縁あるお坊さんがかけつけることのできるようなネットワークを作っていきたいと思っています。
 亡くなってからのお葬儀や法事だけではない、生きる時間に必要とされる仏教に、緩やかですが、変化していく時代に私たちは立ち合っていることを、どうぞ忘れずにいてください。そして仏教に助けを求めたい人は、どうぞその声を届けてください。

●どんなときにも仏さまはご一緒に
 浄土宗の宗祖・法然上人の教えは、いついかなる時にも阿弥陀様のお名前を「南無阿弥陀仏」と口に出して称えれば、阿弥陀仏のお守り、お救いをいただける、とても優しい教えです。まずは日常の生活の中に「南無阿弥陀仏」と称えて祈ることをしっかりと習慣づけられて、日々の生活・毎日を、生かされているいのちを大切に生きてまいりましょう。この日々の生活を大切に生きることこそ、超高齢社会を安心して生きることにつながっていくものです。

合掌

今月の法話(1月)

2017 年 1 月 1 日

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 「等身大のすばらしさ」

 伊藤顕翁(江東組安楽寺)





 仕事柄ご遺族の方々のお話を伺う機会が多くあります。
 特に東日本大震災やいろんな事情でかけがえのない家族とお別れをする。その中には親ばかりではなく、パートナーを更には大切な子供とお別れをしなければならなかった親御さんもおられます。言葉にできない程のつらさの中で苦しんでおられる。そんなお話を伺うと、こちらもとても胸が詰まる思いになります。

 特に子供に先立たれた親御さんにとっては生きる意味もなくなり、一つも楽しい事もやって来ない。ましてや日本中で「おめでとう」というこのお正月の時期は、元気な時にしていた「何気ない日常の時間」を思い出し、その事との対比でより苦しみが増し、日本中でのお祝いの言葉や楽しむ雰囲気に押しつぶされそうになる時期だと思います。

 多くの親御さんが長い時間お話しされてから仰る「会いたい。どんな姿でも良いからまた、抱きしめたい、触れ合いたい。」というその悲痛な叫びのような言葉が胸に刺さる事が多いのです。私はその時に、私自身も浄土宗の教えにとても助けられています。阿弥陀様が仰って下さった「お念仏を申される方には、必ず再会させよう」というそのお約束は、とてもありがたいと感じます。ただどうしても時間がかかります。どうか必ず再会できるという事をお信じになって、この世でたくさんのお土産のお話を作って、どっさりとそのような贈り物をお持ちになれる準備を長年かけてでもして欲しいと思うのです。

 先立たれた方もきっとそのお姿を見守られながら、楽しみにしているはずです。いずれまた多くのお土産をお持ちになって会いに来てくれるというその祈りの言葉は先立たれた方にとっては何にも代えがたい励みの言葉ではないかと信じています。
 
 さて、そんなお話を伺っていると、親というのはいくつになっても親なのだと当たり前の事に気づかされます。ですから親は必ず子供より大きい存在なのです。心配なのです。生きている我々の方もその事を十分に認識する必要があります。自分は親よりもどんな事があっても小さいのだという事を。なぜなら親から命を頂いたのですから。そしてその親も祖父母よりは小さい。親よりも小さいという事実を認識する事が「等身大の自分」の原点です。

 「等身大」で生きるというのは効率よく一番楽に生きられると聞いたことがあります。それにはたまに思い出す、認識すれば良いのです。たまに思い出す良い場所があります。それはお墓です。親でなくてもその上のご先祖がおられます。その方々へ命をつないでくれた感謝を申し上げるのはご自身の幸せの為にも重要ではないかと思います。どうかそれを次世代にもつないで下さい。お一人ではなく、なるべく多くの方で今年からはお参りできます事を願っております。

 そしていろんな所へ初詣をされるのは構いません。同時にご先祖の所へも、菩提寺のご本尊様にも新年のご挨拶をしたいものです。なぜならその時はいつやって来るのか誰にもわかりません。震災の被災者の方々も地震が起きるまではありふれた幸せの時間が流れていたのです。一瞬でそれは変わるのです。だからこそ普段からの準備が大切なのです。

今月の法話(12月)

2016 年 12 月 1 日

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 「感謝をする心」

 多賀谷浄繁(北部組浄正寺)





 今年一年もまた振り返ってみると、あっという間でした。その日その日をそれなりに忙しく賢明にすごしてはきたけれども、何をしてきたのか、これといったことも無しえず、目の前のことに紛れて過ぎてしまいました。そんな思いがつのります。

 一日が終わり眠りにつく、朝、目が覚めると一日が始まる毎日が当たり前のように生活をしています。朝起きると息をしていること、指や手足が動くこと。自分で起き上がることが出来ること、ご飯が食べられること、庭に出ると木々の間から日が差し、季節の草花が咲いているのも見る事が出来ます。どれもこれも毎日の出来事ですが、このことが、幸せだと感じられる心こそが豊かさではないでしょうか。

 人生の喜びというのは、生きていることが当たり前ではなくて、生かされて生きていることに気づかなければならないということです。普段、生活をしていると自分の力で生きていると思っていますが、それはとんでもない間違いです。心臓が動いているのも、血が流れているのも、決して自分の意志ではなく、それは大きな力によって動かされているのです。有難いことなのです。

 当たり前のことに対する感謝の気持ちを忘れ、自分は何でも出来ると思い込んでいる。うまくいかないのは運命のせいだと思っている。自分の欲望にとらわれて「隣の芝生は青い」というように、ほかの道に心を奪われ、自分の適性に沿わない道へ進もうと無理を重ねる。見栄や体裁にとらわれて、適性を無視し、間違った方向へ行こうといった姿が、感謝をする心を忘れ、不満ばかりに目を向けている。これでは幸せになれるはずはありません。

 幸せだと感じることは、起こる出来事が決めるわけではなく、環境が決めるわけでもありません。自分の心が決めることです。幸せになるのは簡単なことなのです。幸せはなるものではなく、気づくものだからです。幸せは自分のとらえ方で決まります。生きていることへの感謝、生かされていることへのありがたさ、みんながお互いを大切にしあい、生かしあっていこうという考えをもって日々暮らしていけば、小さな思いやりの輪があちこちで生まれ、ひろがり、やがては、お互いに平和で明るく幸せに生きていることに、気づくのではないでしょうか。小さな幸せを感じる、その感情が未来の幸せを呼び寄せます。それが人生の喜びの生きる秘訣ではないでしょうか。

今月の法話(11月)

2016 年 11 月 1 日

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 「藕糸(ぐうし)の縁」

 生野善應(城南組光福寺)





  藕糸の縁とは、人の複雑な繋がりを浮き彫りにした、仏教の基本思想を表現する相応しいことばです。
 周知のように、人は、ほんらい非力な存在です。食べ物、住む家、着る衣服、どれを取り上げても、数え切れないほど多くの人々が関係して作り出されたものを手に入れて活用しているに過ぎません。
 人と人との繋がりがあってこそ、人は生きていかれることを考えたとき、人間関係はだれにとっても、かけがえのない宝物であることが分かります。家族、親族、近所の人やお友達との関わりありはありがたいと改めて認識したとき、こうした縁に包まれ支えられている自分がとても幸せに思われてきます。
 自分の現在に状況を取り巻く複雑な人間関係のぬくもりは、人が歳を重ねるにつれて自然と体験できていくといっても過言ではないでしょう。
 ところで、現時点における様々な人間関係いわば「空間的」なヨコの縁とは別に、「時間的」なタテの縁を取り上げなければなりません。
 人は、それぞれに父母がおり、さらに祖父母がいて、自分の身体的・精神的特長が構成されています。また指導してくださった諸先生や先輩、親しく付き合った友人、読書を通じて知識と教養を培って下さった諸学者の恩恵も忘れられません。

 自分を取り巻くタテとヨコの人のつながりは仏教の基本思想ですが、これをたとえて話すとき、藕糸の縁は最適です。
 藕糸とはハスの根のこと。ハスは池の底に根を張り巡らして複雑に絡み合っています。その一本を取り出してみると、一方の端は細く干からびて土に帰しており、他の一端は細かいけれども瑞々しくこれから伸びようとする勢いがあります。中間部分は太くたくましく水面に真っすぐに茎をのばして、先端に美しいハスの花を咲かせています。この一本の根をファミリーに当てはめてみると、細く干からびて土に帰した部分は老化した人や亡くなった方を指し、細かいけれども瑞々しく勢いのある部分は健康で社会の第一線で仕事に学業に励み充実している人々を指すといわれます。

 ハスが何本も折り重なっているのは、ファミリーが相互に関係をもって安定した社会を創造しているのに喩えられるろ考えられます。
 すべては縁すなわち相関関係で成り立っているとの仏教の基本思想は、藕糸の縁によって美しくまた身近に感じられます。

今月の法話(10月)

2016 年 10 月 1 日

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 「思いどおりになること、
      ならないこと」

 布村行雄(城西組心法寺)




 8月から9月にかけて、ブラジル・リオデジャネイロでオリンピック・パラリンピックが開かれました。地球のちょうど真裏にあたる地域で開催されたため、競技中継が夜中から朝方になり寝不足になった人も多かったと思います。ご承知のように日本選手団は、眠気を吹き飛ばすような素晴らしい成績をおさめてくれました。選手たちからは、決してあきらめないこと、努力を続けることで道が開けることをあらためて教えられた気がします。

 しかし一方で、実力を発揮できなかったり、望んだほどの結果を得ることができずに、悔しい思いをした選手も少なからずいました。残酷ではありますが、あきらめずに努力を続けても、必ずしも最高の結果がもたらされるとは限らないのが現実です。努力は栄光への大前提ではあっても、成功を保証するものではありません。世界の一流選手となるためには、もって生まれた身体能力に加え、それを伸ばしたり補ったりするためのトレーニングの工夫、何よりそれを継続する意志と努力が必要です。

 そんな一流選手の間でも、結果を出せた選手もいれば、結果がついてこない選手もいる。では、両者を分けるものは何なのでしょうか? それは、最終的に「運」としか言いようのない部分ではないかと思います。膨大な意志や努力を積み重ねた先に、意志や努力を超えた領域が厳然と存在しているのです。

 これはスポーツに限った話ではありません。私たちの身の回りの出来事すべて、人生そのものについても言えるのではないでしょうか。例えば「死」です。私たち生きている者はいつか必ず死ぬわけで、これは誰もがわかっていることですが、いつどのように死ぬかは誰にもわかりません。
 健康のため食事や運動に気を使い、定期的な検診を心掛けていても、すべての病気を防げるわけではありませんし、事故や災害に巻き込まれて命を落とすこともあります。

 意志や努力が通じる領域と、それを超えた領域がある。
 わが宗祖法然上人は、この現実をしっかりと見据え、そこから出発した方でした。「念仏している間、心に妄念が浮かんでしまうのですがどうしたらよいでしょうか」との問いに、「それは自分にはどうしようもできません」と法然上人。「人として生まれた以上、妄念を絶って念仏せよとは目や鼻を取り除いて念仏せよというに等しい。大事なのはたとえ妄念が起ころうとも念仏し続けることです」と諭されています(『法然上人行状絵図』巻16)。
 また有名な『徒然草』には、「念仏していて眠くなった時はどうしたらよいでしょう」「目が覚めたら念仏すればよろしい」という問答も載っています(第39段)。

 私たちが人間である以上、眠気などの生理的欲求をはじめ、さまざまな心の働き(妄念)が起こるのはむしろ当然のことです。それを排除しようという方向に努力を傾けるのではなく、うまく折り合いをつけながら念仏を続けていくよう努めよと法然上人は説いておられるのです。
 「死」に対する向き合い方についても、念仏を称え続けていればどのような最期を迎えることになろうとも阿弥陀仏は必ず来迎して極楽に迎えて下さる、だから安心して毎日を過ごしなさいとおっしゃっています(『拾遺和語灯録』所収「往生浄土用心」)。

 「人事を尽くして天命を待つ」という諺があります。人事とは意志や努力が通じる人間の領域であり、天命とはそれを超えた仏の領域、といえるでしょう。自分の努力で何とかなる領域と、受け止めるしかない領域を見極める(明らめる)ことが、限りある人生を充実して過ごすためには大切なのではないかと思います。私自身、若い頃は「仕方がない」という言葉が嫌いでした。
 「あきらめる」という言葉にもマイナスの印象しかありませんでした。しかし、社会人として世の中のことを知り、浄土宗僧侶として法然上人の教えを学び、多くの方の葬儀に立ち会う中で徐々に考え方が変わり、違った受け止め方をするようになったのです。
 それと同時に、念仏こそが、人間の領域と仏の領域をつなぐ橋なのだと実感するようになりました。仏の領域の問題については、念仏を称えることだけに徹してあとは阿弥陀仏にお任せする、そして人間の領域では自分のすべきことに最善を尽くす。オリンピック・パラリンピックでの選手たちの姿から、「努力」について深く考えさせられた夏でした。

今月の法話(9月)

2016 年 9 月 1 日

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「“悪人“こそが仏の救いの対象」

稲岡正順(城北組 林宗院)



              
 忌まわしい事件が内外で起こっています。
 相模原市の障害者施設で大勢の入院患者が殺害されるという衝撃的な事件が起きました。フランス北西部ノルマンディー地方のカトリック教会に、刃物を持って武装した二人の男が押し入り、高齢の神父を刃物で殺害するという事件が起きました。容疑者たちは畏れ多くも聖職者である神父に膝まづくよう命じたそうです。このような無差別殺人や、聖職者がテロの対象になるというおぞましいニュースに接するとき、私たちは息のつまるような憤りを抑えることができません。

 このような極悪人の、許しがたい罪業について、私たち浄土宗徒はどのように対するべきなのでしょうか? 私たち凡夫のこころに渦巻く疑問や憤りを鎮めることは出来るのでしょうか?その答えを得るために法然上人の教えを再認識することにしましょう。

 法然上人は『選択本願念仏集』(建久九年、1198年)に、「極悪最下の人のために極善最上の法を説く」と述べて「悪人正機」(悪人こそ仏の真の救いの対象であるという説)を展開し、いくら努力しても善人になりきれない自己を見つめて、人は常に一層の努力をすべきと諭されているのです。法然上人の「一紙小消息」に次のようにあります。「罪は十悪五逆の者も生まると信じて少罪をも犯さじとおもうべし 罪人猶生まる況や善人をや」とあるのはこれを示しています。法然上人は悪を慎み、善を努めることを勧めたのです。

 法然上人の弟子である親鸞は『歎異抄』の中で「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」と逆説的に説いています。このことをもって「悪人正機」を親鸞の独自説とする論調もありますが、大正六年に、法然上人の伝聞、法語の記録を記した『法然上人伝記』(醍醐本)が発見され、そこには「善人尚以往生況悪人乎(善人尚もって往生す 況んや悪人をや)」の法語が法然上人の「口伝」として記されていますので、先に法然上人の言葉があり、親鸞はそれを敷衍したに違いありません。

 さて、この法然上人の「悪人正機」とは、先に述べた、私たちにとっては極悪人としか思えない人間をも救いの対象としているのでしょうか。悪人正機の意味を誤解して「悪人が救われるというなら、積極的に悪事を為そう」などと悪人正機の意味を曲解して悪をなす者も出かねません。

 それが間違いであることを法然上人は厳しく諫めています。上人は「極悪最下の人のために極善最上の法を説く」とおっしゃっているのです。このような極悪最下の人に対する教えに接すると、法然上人が悪を認め、すすめているのではないことが明確に理解できます。

 この「悪人正機」の意味を知る上で重要なのは、「悪」という言葉についての正しい理解です。この現実世界には可視的な善と悪が存在していて、悪をなした者は法律的に罰せられますが、「悪人正機」で言う「悪」とは世間的な意味の悪ではなく、人であるが故に宿命的に内在させている「絶対悪」のことです。どんなに隠そうとしても人の「悪」を見逃さない仏の眼から見れば、すべての人は悪人なのです。そんな惨めな存在である私たちを憐れみ、救い摂って下さる仏さまが阿弥陀さまなのです。
 
 何の罪もない大勢の障碍者を殺害するような、また聖職者を殺害するような人間が、世間的な法律で裁かれ、極刑に附される可能性は大きいと思われます。しかし、刑が執行される直前に、自身の行ったことの罪の深さに気が付き、心の底から懺悔し念仏を唱えることが出来たとすれば、たとえ刑場の露と消えようとも阿弥陀様はその者の魂を救い摂って下さるでしょう。

 「極悪最下の人のために極善最上の法を説く」、今の世界にあふれる極悪最下の人の心に深く染み込むお言葉です。これこそ、非道な悪を犯した者への慈愛の言葉であり、その事件に接した私たち凡夫のこころに渦巻く疑問や憤りを鎮めて下さるお言葉です。

今月の法話(8月)

2016 年 8 月 1 日

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「身と心」

真野龍人(芝組威徳院)





 身と心を音読みすると「しんしん」。これを国語辞典で引くと、「心身」とあり、精神と肉体のことであります。心が前にあれば、体より優先されるのでしょうか。「心頭滅却すれば、火もまた涼し」ともいわれますし、「病は気から」」とも申します。また現代は「心の時代」といわれるほど、世間では仏教はまず「精神から」と思われているのでしょうか。

 新宗教などで、「この教えを信じたら、医者が見放した病気が治りました」というのをよく耳にしますが、これはまんざらウソではないかもしれません。いくら医者に診ていただいて薬を処方されても、本人が治そうとする意志がなければあまり効果は望めません。しかし強い信仰心と意欲をもって病に立ち向かい、延命し、治癒される方も確かにおられるようです。農作業で大ケガをして、必死で家にたどり着いて一命を取りとめた方の話を聞きました。逆に交通事故で自分の大出血を見て、助かる命もショック死してしまうことがあるそうです。

 さて一方、同じ読みを仏教辞典で引くと、「身心」と出てこちらは身のほうが前です。浄土宗日常勤行式の「香偈」には、「我が身清きこと香炉の如く」と、まず「身」が登場、次に「我が心の智慧の火の如く」とあります。世間のことわざでも「健全な体には、健全な魂が宿る」といわれます。

 健康の話題では、生活習慣病に関する健康薬品の広告が巷にあふれております。また最近は、うつむきながらスマホを使用し続けると首に「スマホ病」といわれる疲労障害が起きたり、この種の話題には枚挙にいとまがありません。
 せっかくの能力を備えながら、身体がついていけないで終わってしまう方もおられます。「こころ」の棲み家が「からだ」ですので、棲み家が壊れてしまえば、心の拠り所はありません。

 仏教はどちらかに偏らない、極端を避ける宗教です。人はつい熱中し過ぎると視野が狭くなり、他の事がおろそかになって全体の事柄が目に入らなくなってしまいます。「木を見て森を見ず」とはよく申したもので、身心もどちらかに偏るとそれぞれの機能を果たすことができません。
 阿弥陀さまのみ命は永遠ですが、私たちの限られた時間はより豊かに生かし、広く眼を見開いて、命の尽きるまでを充実させたいものであります。

今月の法話(7月)

2016 年 7 月 1 日

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「信仰と念仏」

伊藤弘道(玉川組浄桂院)




讃題
『元祖大師御法語』
「信をば一念に生まると信じ、行をば一形に励むべし。」

 浄土宗の宗祖・法然上人の御法語に「信をば一念に生まると信じ、行をば一形に励むべし。」(『元祖大師御法語』前編15)という御言葉がございます。この御言葉を簡単に現代語に訳しますと「たった一遍のお念仏であっても極楽浄土に往生するのだと疑わず、お念仏の勤め方は、生涯を通じて常に忘れずに唱えなければなりません。」という意味です。

 極楽に行くのは「南無阿弥陀仏」と一遍唱えただけで極楽に往生出来る、と説くのに、何故、生涯に渡ってお念仏をお唱えしなければならないのでしょうか。
 その理由は、わずか一念や十念であっても往生できるからと言ってお念仏をぞんざいな気持ちで唱えれば、信心が修行を妨げることになります。逆に「生涯を通じて常に忘れずに唱えなければなりません」と述べられているからと言って、一念では往生できるかどうか分からないと思ってしまったら、それは修行が信心を妨げることになります。ですから「信心としては一念で往生できると信じ、修行としては一生涯励むべきである」とこの御法語は言っているのです。

 この御法語で一番重要なのが、信心つまり信仰と修行は表裏一体である、ということです。信仰がないと修行をやっていても無意味であるし、修行をしなければ信仰も結果も伴わないということです。
 このことは、1209年に越後の国(現在の新潟県)にいる光明房というお弟子さんに宛てた御手紙にも書いてあります。その内容は、仏法(仏様のみ教え)は修行なくして証は得られないという内容で「どんな教えであろうとも、成果を求めようとするならば、その実践の修行というものがなくてはならない。修行なくしてその報いや結果を得ることはありえない。だから念仏という行を起こして往生という結果を得るようにしなさい」(『勅修御伝』二九)というお手紙であります。

 一言で簡単に言うと「経験した者にしかその経験は身に付かない」ということになるでしょう。信仰を身に付けたいならば実践するしかないということです。実践するには、皆さん納得してからだと思いますので、まず、何故このような修行をするのかということを知っていただく。そうすれば、その修行の意味を知って、阿弥陀様の慈悲に触れ、自らを省みることができ、お念仏をやってみようというきっかけとなるのです。そこから僅かながらでも実践が始まり、信仰が少しずつ生まれ、信仰が高まればお念仏も増えていくのです。

 そうは言っても、まだまだ腑に落ちないことは尽きませんし、一朝一夕で身に付くようなものでは有りません。また、信仰心がないことに悩んでいる方もおられるでしょう。
 真の信仰というのは、人の意見に左右されるような中途半端なものではなく、行を理解し、行を重ねていくうちに深まり、他人を傷つけず、自らを律し、自分自身を導くものです。ですから、ぜひ、信仰を深めるために、お念仏の意味を理解し、お唱えください。

 阿弥陀様は、現在も西方極楽浄土におられ、衆生が心から信じて極楽に往生したいと願い、「南無阿弥陀仏」と名前を呼ぶのを待っておられます。名前を呼んだものは、必ず阿弥陀様が臨終の時に現れ、救いとって極楽に往生させて頂けるのです。それが、阿弥陀様の救いの慈悲であり、願いであるのです。
「たった一遍のお念仏であっても極楽浄土に往生するのだと疑わず、お念仏の勤め方は、生涯を通じて常に忘れずに唱えなければなりません。」この御言葉を忘れずに日々、お念仏をお勤め下さい。                南無阿弥陀仏

今月の法話(6月)

2016 年 6 月 1 日

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「浄土門」
桒原忠夫(北部組光増寺)


 昨年4月に東京教区布教師会は、増上寺において80歳の御高齢になられた石丸晶子さまをゲストとしてお招きし、「カトリッ教会の法然上人」という題にての講演があった事を『師子吼』第7号(浄土宗東京教区布教師会報)を拝読し知りました。

 石丸さまは、キリスト教会の聖人のお話をする機会があり浄土宗の懷が深いことに感心され、この深さは、法然上人の大きさ、深さだと述べられていました。

 法然上人が念仏を広められる以前の仏教は悟りを得るためには、厳しい修行を積むしかないという教えであり、極めて限られた人にしか実践できないと言う「聖道門」仏教であり、これに対して、法然上人の「浄土門」仏教は、つまり立派な人々を対象したのと異なり一般の人々つまり、苦行したり、学問を積んだり、戒律を守ったりという事ではなく、「南無阿弥陀仏」とただ称えれば誰でも等しく極楽浄土へ往生出来るものである。私ども宗門に身を置く者としてはよく知っていると自覚していたつもりが、石丸さまの講演で再び学んだのでありました。

 石丸さまは、日本の仏教は、法然上人により180度変わりました。それは今から800年前の仏教改革者でありました。そして、今から僅か50年前に、法然上人の聖道門仏教から浄土門仏教へ改まった事がカトリック教会でも起こったことを語られました。

 それは1873年フランスにテレーズ・マルタンという聖者が現れた事。彼女は15歳で聖道門カトリック中、戒律がきびしかったカルメル会と言う修道会に入り24歳の若さで亡くなったそうです。修道院活動中に書かれた「神様が小さい花に下さった思い出の記」の書物を修道女になってからの内面生活・精神活動を執筆されました。その記が没後に刷られ瞬く間に信者に評判となり、ついに世界中に広がり読み継がれ、信仰思想から彼女の教えは1963年にカトリック教会での第一バチカン公会議により、カトリックの高位聖職者を動かし、聖道門から浄土門へとがらりと変わったお話をされました。この講話で世界で最初に宗教改革をされた法然上人の偉大さを痛感した次第であります。

 それでは法然上人のお説きになる「浄土門」とは何んでしょうかと改めて考え直しました。

 法然上人は修行中に善導大師の観経䟽の経文の「一心に専ら弥陀の名号を念じて行住坐臥に時節の久近を問わず、念々に捨てざるもの、これを正定の業と名づく、彼の仏の願に順ずるが故に」からヒントを得られ「南無阿弥陀仏」さえ称えれば、誰でも往生できると確信されました。

 それまでの仏教は、私たち自身が仏を選んで、自ら勉学に励んで智慧を極める方法(聖道門)であったのに対し、仏の方から私たち衆生に向かって示される方法(浄土門)へと言う考えを800年前にお説きになられました。

 専修念仏を主張され、阿弥陀仏を念ずれば仏の方から衆生を救って頂ける方法に改革されたのでした。

「浄土門」とは、価値観をこの世の向こう側にある御浄土の世界に置かれ、この世をお念仏を申し上げる往生する為の準備期間とされたのでした。

 この世ではお念仏をし、極楽にひとまず往生して、次には環境を変えて仏になるための修行をしようと言う発想を考案されたのでした。
 
 石丸さまの講演内容を知った頃、イタリアの知人よりヴァチカン王国でフランシスコ法皇のミサと法話が平成28年4月29日(土)開催される招待状を頂き、7万キロ離れたイタリー国へ行き出席しました。広場は世界中から集まったカトリック信者が6万人も集まり前方の席にて拝聴して参りました。法話はイタリア語でなされ約10分間のスピーチでした。内容は「神は富める人も貧しい人も平等にて慈愛の心でお助け下さる」という内容でした。法皇の心の中に浄土教の思いがあるのかと思うと感激した次第であります。

 世界で12億7千万人の信者がいるとされるカトリック教の熱心な参列者と法皇の約40分のパレードは目を見張るものがありました。訪伊したのも熱心なカトリック教会の信者、石丸晶子さまの増上寺での講演のお陰さまでした。

平成28年5月25日  

今月の法話(5月)

2016 年 5 月 1 日

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「専修念仏」

榊 泰純(城南組興昭院)



 法然の仏教は専修念仏と呼ばれている。文字通り、念仏だけをひたすら修することを教えている。法然以前には、すでに念仏は流布していた。法然が発見したのは、念仏の背後にある阿弥陀仏の本願という救済の原理なのである。

 昔、阿弥陀仏が仏となる前、法蔵比丘と申した修行者であった時、当時仏であった世自在王のもとで修行していた。法蔵は、自分が仏となった時、すべての仏国土よりすぐれた国土を建設したいと願い、四十八の誓願をおこし、もしこの誓いが実現しないのなら、自分は仏にならないと決意を述べた。長い修行の結果、仏となった。法蔵は仏となり阿弥陀仏と名のり、西方極楽浄土で、現に今説法しているという。
 
 この法蔵の誓いの一つに、もし衆生が、自分の国へ生まれたいと願って、自分の名を呼ぶ者がいれば、どのような人間であっても、自分の国へ迎えて仏としてやろうというのがある。これを本願念仏と申し、この誓いに基づく念仏のことなのである。

 この物語を記している『無量寿経』には、わが名を呼ぶ者があればとは明記されていない。
*名を呼ぶのではなく、”十念”という表現である。
『無量寿経』(巻上)第十八願 「もし我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽(しんぎょう)して、我が国に生ぜんと欲し、乃至十念せんに、若し生ぜずば、正覚を取らじ、唯五逆と誹謗正法は除く」

 これを明記したのは中国の善導であった。
*善導大師は「乃至十念」と「具足十念称南無阿弥陀仏」(『観無量寿経』第十六観)とを結び付けて解釈し、「十念」を南無阿弥陀仏と十回声に出してとなえることと解釈している。

 この善導に傾倒していた法然は、専修念仏の教えを開いたのである。
*法然上人は「念声はこれ一つなり」(『選択本願念仏集』)として善導大師の説に基づき、「十念」を十声の念仏としている。                        

 法然が発見した本願念仏とは、阿弥陀仏の誓いを信じてする念仏のことであり、阿弥陀仏の名を称すれば、いかなる者でも浄土に生まれ、仏となることができると信ずる立場なのである。
 
 そこでは念仏以外の、一切の条件、一切の資格は不要であり、念仏以外の行を修めることは、阿弥陀仏の誓いに合致しないということで、かえって浄土往生の妨げの原因となることとし、否定されるにいたったのである。

 『徒然草』の著者兼好は、法然浄土教を次のように記している。

 「ある人、法然上人に、「念仏の時、睡りにおかされて行を怠り侍る事、いかゞしてこの障りを止め侍らん」と申しければ、「目
 の醒めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。また、「後生は一定を思へば一定、不定と思へば不定
 なり」と言はれけり。これも尊し。(第三九段)」

 兼好は法然上人の言葉として、一つは、弟子が、念仏の最中に眠くなって念仏ができなくなってしまった時、どのようにしたらよいかと、たずねられると、法然は、目がさめている間に念仏すればよい、と答えたこと。もう一つは、念仏する人が、確かに生まれることができると信じているならば、まちがいなく生まれることができるし、もし確信が持てないのならば、生まれることはむつかしい、ということ。兼好はいずれに対しても、心から賛意を表わしている。前者のエピソードは、法然の念仏が、昔からの苦行主義とまったく異なる世界のものであることを示しており、後者は、信がいかに重要であるかを示している。

 法然が、眠たいときは無理に念仏することはなく、目が醒めてからすればよいではないかと、簡単にいってのけている。本願念仏を信じる立場に立っているからこそ、可能な発言である。本願念仏においては、念仏することだけがすべてであり、苦行することが救済の条件とはなっていない。阿弥陀仏の誓いに従うことにはなっていない。

(文中の赤字*の部分は編集部で加筆しました。
                       参考:『浄土宗大事典』)

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