2010 年 4 月 のアーカイブ

今月の法話(4月)

2010 年 4 月 1 日

     

   

 「花まつり」

 安孫子虔悦(江東組 正覺院) 

 

   両の手に 桃と桜や 草の餅   嵐雪

  春爛漫、墨堤で遊ぶ江戸の人々の幸せを感じる名句です。全国に桜の名勝は多く、今夜会う人皆美しく想われ、美酒を飲み交わす光景に桜花の魔力を感じます。浄土宗関東大本山増上寺の境内は、今春も満開の中に法然上人御忌大会が営まれ、念仏の声響きわたり、老若男女の団参にて賑わいました。新入生、新入社員、スタートのシーズン、いつも桜がつきものです。私の記憶の中のアルバムを紐解いてみても、人生の第一歩は、いつも桜と共に始まったものでした。しかし、そんな桜も昨今の温暖化による気候の不順の影響で危機を迎えています。某気象官のお話では、極寒を経ないと桜は満開とはならず、花開くほどで散ってしまいかねないということです。なんとも恐ろしいことではありませんか。開いても満開にならない花は、おそらく散る時も潔くとはいかず、いつまでも枝にしがみついていることでしょう。これでは、「散る桜、残る桜も散る桜」の戒めも意味を成さなくなってしまいます。こんな状景が近い内にみられるのかもしれません。見たくない、冗談でしょうと言いたいが確実に、しかも足早に四季の異状がありそうです。おそらく皆さんもどこかで最近の異状気象を実感していることでしょう。

 私たちは、「いきいきと平和に暮らしている」かといえば決してそうではありません。「どこか、おかしい」とは思いませんか。気候のせいばかりにするのはばかげているかもしれませんが、人まかせには出来ない世の中、あなた自身は大丈夫ですか。しっかりと大地にはった根をもっていますか。今はこのことが問われているのではないでしょうか。
 二〇〇八年に亡くなられたジャーナリストの筑紫哲也氏は、『若き友人たちへ』の著書に次のように述べられています。「日本人の好きな悲劇の英雄にとって変わって、今や判官贔屓どころか、バンドワゴン効果に乗り換える傾向が強い」と。「バンドワゴン」とは、音楽を流しながら走る馬車のことで、賑やかで面白そうなところへみんながついて行く現象のことをこう呼んでいます。寄らば大樹の陰、勝ち組・負け組のランク付けが強まり、ひいてはそれが児童の世界まで普遍している時代。いじめの衝撃の傑作『ヘヴン』の川上未映子氏は今や時の人でもあります。しかしまた一方では、流れは変えようとする明治の活力を現代にとの発想なのか、『龍馬伝』が大河ドラマにもなる。「レキジョ」という言葉の流行が示すように、日本の歴史への探求が見直されてもいる。こうして見てくると、今日は、乗るべき「バンドワゴン」すらも何か分からないといったような不安定な時代と言えるのではないでしょうか。

 そんな変わりやすい時代の中でも、今も昔も変わることなく、四月八日はお釈迦さまのお誕生日を祝う「花まつり」が各寺院で営まれます。誕生仏に小さな杓で注ぐ甘茶は芳ばしく、花御堂の前は、参詣人で賑わっています。お釈迦さまのご生誕と言えば、すぐ引き合いに出されるのが、「天上天下唯我独尊」の銘句です。皆さんも聞いたことはあるでしょう。このお言葉は、「生きとし生ける全ての生命は、一つ一つすばらしいものであり、互いに尊敬し、共に生きつづけることを誓いましょう」という意で、いわば「人間誕生の誓約」であると言えましょう。私のお寺では、すでに春彼岸の時分に玄関先に花御堂を設置し、花まつりを始めさせていただきました。墓参の方々が誕生仏に甘茶をかけ手を合わす姿は、誠にありがたいことと拝見いたしました。ある時私が玄関先に出ていますと、一人の初老男性がご夫人に「天上天下の文」を説明している声が聞こえてきました。驚きました。「君、この名文は、人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と慶應義塾創立者である某博士の金言を引き当てて話していたのです。私が咄嗟に訂正に入って事なきを得ましたが、住職としての教え不足に恥入り、改めて「花まつりとは」と考えさせられた一件でありました。
 お釈迦さまのお誕生日であります花まつりは、日本人の思想の根幹をなすお釈迦さまのみ教え、すなわち仏教を見つめ直す非常にいい機会です。因みに、花まつりの一日前、四月七日は宗祖法然上人のお誕生日です。法然上人は、八万四千とも言われる仏教の教えを、念仏の切り口から説かれました。「愚者の自覚」、まずはこのことから始めましょう。私たちは、念仏に勝る正行はないとの上人のみ教えを頂戴して、日々南無阿弥陀仏とお称えし、念仏の中に日暮して平成二十三年の八百年御忌をむかえて参りましょう。

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