2010 年 6 月 のアーカイブ

平成22年度「仏教成人大学」バス研修

2010 年 6 月 21 日

多くの皆様のご参加ありがとうございました。
好天に恵まれ、今年のバス研修は無事終了いたしました。来年度も実りあるバス研修を予定しております。

 6月21日(月)8:00集合 17:30解散
 (於:大本山増上寺)  
 参加費:6000円
 
谷保天満宮(国立市)
 法然上人の直弟子である津戸三郎為守公の再興された関東三天神の一つです。法然上人より為守公が授かったと伝えられる「血文阿弥陀如来」を参拝いたします。為守公の御子孫である宮司様より御講話をしていただきます。
 ②幡随院(小金井市)
 幡随意上人によって開かれ、浄土宗僧侶の養成機関であった関東十八檀林の一つである名刹で、古くは浅草にありました。裏手に住んでいたことから幡随院長兵衛と呼ばれた侠客は、歌舞伎や講談でも有名です。
 ③狭山不動(埼玉県所沢市)
 天台宗の別格本山で、東京・芝の浄土宗大本山増上寺から移設された御成門、勅願門、丁子門、灯籠などがあります。
 ④正福寺(東村山市)
 臨済宗建長寺派の寺院で、都内唯一の国宝建築物である「千体地蔵堂」があります。今回は特別に堂内から拝観させていただく予定です。

今月の法話(6月)

2010 年 6 月 1 日

    
   「『経典』と親しむ」
   

           林 純教(城西組 来迎寺)

    

 経典の真実性は、その『経典』と翻訳された原語自体の中に包括されております。言うまでもなく、その原語は本来的には縦糸を意味するサンスクリット語sutraであるわけでありますが、古今に亘り不変的な基準というものを示すものでもあります。
 さて、私たち日常の生活、格別意識もしない普通の会話のなかに、この『経典』から出た言語或いは慣用句がいかに多いかあらためて考えてみたいと思います。
 例えば、どなたでも大人であれば必ず一度は使った経験があるであろう『娑婆はきついなあー』という言葉。『ほんとにきついよ』なんて思わず相鎚を打ちたくなってしまうのは私だけではないと思うのですが。ともあれ、この『娑婆』という言葉、もちろんこのややこしい『漢字』には意味はありません。サンスクリット語『saha(aの上に‐あり)』或いは『sabha(aの上に‐あり)』の音写とされており、釈尊は私たちが日常生活している、この物心両面の世界を『この世はsaha(aの上に‐あり)である』或いは『この世はsabha(aの上に‐あり)である』と述べられたとされています。
 前者の場合は『娑婆』は『苦痛』の意味で『この世は苦しみである』の意となり、覚者釈尊は我々の何事にも浮かれ騒ぎ狂喜している世界を、その冷静沈着な眼で当初からその本質を『苦』と観じられたのであります。後者の場合は『娑婆』は『集まり』の意味で『この世は多くの人々の集合体である』の意となり、この世はわが一人の世ではなく一切のものが共に共存している世の中であることを示したものであることが分かります。両者の解釈、共にそこに覚者釈尊の偉大なる叡智を感得できるのであります。
 このように我々に身近な言葉『娑婆』という言葉一つ取ってみても、それが由来する経典に遡って探求して参りますと、正に『教典』の示す永久不変の真理に出会うことができるのであります。是非共々に同じ仏教徒としてこの『教典』という我々の精神の拠り所に親しんで参りましょう。

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