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今月の法話≪東京教区所属の僧侶による法話を連載いたします≫

今月の法話 平成23年2月

2011 年 2 月 1 日

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「真面目に生きる」

大野逸雄(浅草組天嶽院)

  

 
 最近、学生の頃に読んだ本をまた読んでみようと思ってその本を読み返してみました。夏目漱石の『こころ』という本です。きっかけは東京大学大学院教授の姜尚中(カンサンジュン)先生の『悩む力』という本に、『こころ』の文中の“真面目に生きる”ということを抜粋して書いてあったからです。姜先生は一九五〇年生まれですので丁度還暦を迎える歳だと思います。
 私も九州出身で先生も熊本出身の在日ということをはっきり言っておられるので、あの当時の在日の人達は田舎で随分いじめられたのではないかと想像することが出来ます。親からは在日の子として真面目に一生懸命生きろと強く教えを受けてきたと思います。
 その『こころ』は一人の大学生が夏の鎌倉の海で「先生」と呼ぶ人と出会う所から始まります。そして「先生と私」の項のところに、人間嫌いの先生に「真面目に人生から教訓を受けたい」と先生を問い詰める下りがあります。
 「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果で、人を疑りつけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか。」「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」…という文章なのですが、私たちはこの真面目という言葉を現代ではややもすれば、妙に堅物的な人間、柔軟性のない人に当て嵌めて使ってしまいがちです。姜先生はこの短い文章を見逃さずに真面目ということをずっと通して来られたと推測することが出来ます。物事の一つ一つを真面目に取り組み、真面目に行動するという事が如何に難しいかを改めて感じてしまいます。
 朝起きてからの仕事、趣味、遊びなど一つ一つの行動を真面目に真剣に取り組んでいるかと自問自答していくと真面目に生きるという事が本当に大変な事だということが分かります。往々にしてやっつけ仕事の様に簡単に済ませてしまっている自分を見る事が出来るのではないでしょうか。
 私達が常に称えるお念仏にしても一声一声本当に極楽に往生させて下さいという気持ちを込めて真面目にお念仏をする。
 法然上人も「但し三心四修と申すことの候は皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候なり」と真面目に極楽往生の気持ちを込めてお念仏する事の大切さをお示し下さっています。今からでも遅くはありません。日々の一つ一つの行動が真面目に出来ているか反省をしながら送りたいものです。合掌

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