2014 年 5 月 のアーカイブ

平成26年度「仏教成人大学」バス研修

2014 年 5 月 28 日

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  6月27日(火)
 8:15集合 17:00解散予定
 (集合・解散:
  大本山増上寺)  

 参拝:関東十八檀林
 傳通院(文京区)
 大善寺(八王子市)

 参加費:6000円


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お問合わせ:東京教区教化団まで

專念寺(城西組)「震災復興記録」

2014 年 5 月 9 日

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  平成23年3月11日 午後2時46分

  東日本大震災発生

 ・本尊阿弥陀如来像、
  本堂、客殿、庫裏に被害なし。
  人的被害もなし。

 ・直後、境内の墓石倒壊、
  サオ石が回る、ずれる等
  被害多数。

 ・墓地西側奥の擁壁(石垣)
  の一部が崩落。

(↑写真・文:専念寺住職 布村伸哉上人)

「なんでこんなことが…」と呆然。これから一体どうなるのか、全く予想見当がつかず。

①3月11日
震災発生直後の状況

擁壁の先端より幅15メートルほどが崩落。石垣、ブロック、土砂で歩道と車道一部が埋まる。墓石5基、遺骨(骨壺)20霊が落下。

擁壁は区道に沿って約40メートル。坂道により下に行くほど高くなり、最高6メートルの高さ。大正3年に市電を通す為に市によって造られたものらしい。

既に100年近くが経過していたが、これまで特別に行政からの指導等はなし。上部は墓地になっており、他宗派寺院の墓地がブロック塀越いに隣接。

警察が来て道路は通行止めに。新宿区の職員も来る。

目撃証言から幸い人的被害はナシ。余震もあり、地盤が緩んでいることから、二次災害の危険があるので付近は立入禁止となった。

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②3月12日 
震災翌日

新宿区が雨による二次災害を防ぐ為にブルーシートを被せて土嚢で押さえた。

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③4月12日~15日
安全確保と車両を通す為、新宿区が矢板(防御壁)を設置した。
墓石の修理については石材店に随時お願いして直してもらう。
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④4月28日
区道の車両通行止め解除(約一ヶ月半後)。

⑤6月9日
業者より複数の工法が提示され、検討の結果、擁壁修復はL型擁壁工法とする。

⑥6月21日
地盤が固まってきたので落下の危険性のある上部墓地周辺の墓石を移動、遺骨をカロートから回収(7基)。
落下した遺骨・骨壺をようやく回収し本堂へお祀りする。少しホッとする。
工期、経費、工事での墓石の移動、道路への影響等を検討し、工法を連続鋼管矢板工法へ変更。業者も変更。設計からやり直す。

崩落の危険性がある擁壁の残存部分(25メートル)も併せて修復することにする(ASWフーチングレス工法)。複数の業者により設計の見直し。
今後の安全性と経費等を考慮し、擁壁全面をASW工法にて修復することに決定。設計のやり直し。

⑦11月
工事開始。進めて行くにつれ地盤の問題等が発覚。工期が一ヶ月延長。
予定にはなかった近辺の墓石を当家檀家了承のもと16基移動。
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⑧平成24年5月11日(震災より一年二ヶ月)
 擁壁修復完了。竣工式を行う。長いような早いような。
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⑨5月23日
專念寺崩落墓石並びに移動墓石の復元がすべて終了。

⑩7月5日
工事のため移動させて頂いていた隣接寺院の墓石復元が終了。

⑪平成25年1月31日
隣接寺院との境界壁(約25メートル)修復完了。
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これにより震災関連復旧事業は一応終了。
しかし擁壁上部土地は盛り土のため地盤の沈下が激しく、数年間は定期的な土の補充と締め固めが必要とのこと。
行政(新宿区・東京都)からは“原則として所有者の責任である”として公的補償・補助は一切なし。
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「一刻も早く修復したい!でもできない!」

震災直後より連日、行政との話し合い、総代・石材店・有識者との相談、隣接寺院との折衝。業者との打ち合せに追われる。そうした中で様々な問題が顕現していった。

その中でも一番の問題は工法、経費の問題であった。専念寺としては簡単にご先祖の墓石や遺骨の移動はできないので、工事にあたり、隣接している寺院を含めて墓石・遺骨の移動を最小限にすることを最優先にお願いし、それに安全性・経費を含めて工法を業者に検討してもらった。
それぞれにメリット・デメリットあり相談を重ね、最終的にASW工法により修復することに決定した。その設計や役所の申請等にかなりの時間が割かれた。

さらに今回、残存している擁壁(約25㍍)についても、今後の崩落の危険が高いとの判断から、崩壊箇所と併せて全面修復することにした。工事についても実際に掘り起こしてみると地盤が脆弱であることがわかり、その対応に時間がかかることになる。

次々と状況が変わり、その度に総代・業者と打ち合わせを行った。

さらに隣接寺院との話し合い(墓石の修理、工事のための墓石の移動、境界壁問題等)は先方の希望により先方弁護士を通してのものとなり、急遽弁護士を紹介してもらい、その弁護士との打ち合わせも日々重ねる。

思い通りに事態が進行せず、もどかしく時間と日にちが過ぎていく状況。

近隣からは、どうして早く直さないのか?と苦情もたびたび。先代住職を含め精神的にもきつい日々であった。

(⇑ 各画像はクリックするとより大きく表示されます)


今月の法話(5月)

2014 年 5 月 1 日

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 「仏跡参拝インドの旅
 ‐釈尊のうしろ姿を見た」


   島田昭博
   (豊島組 光源寺) 

 インドの仏跡を訪ねる旅に行ってまいりました。今年と二年前、東京教区豊島組の主催で、大正大学名誉教授の佐藤良純師に同行講師をお勤めいただき、釈尊の足跡をたどったのです。
その中でも重要なのは釈尊「生誕の地ルンビニー」、「覚りをひらいたブッダガヤー」、「初めて教えを説いたサールナート」、そして「涅槃の地クシナガラ」の四大聖地です。

 昔の巡礼者は聖地を訪ねて何百キロの道を歩きました。私たちはバスでまわったのですが、だからといって決して楽な旅ではありません。バスはでこぼこ道を爆走し、後部座席では人間がシートごとジャンプさせられます。そんな車窓からの風景には、釈尊在世とそんなに変わっていないように思える部分もあります。「せめて江戸時代の農具があったら能率があがるのに」と思ってしまうような作業の仕方や、土と煉瓦と植物だけで造られた住まいを見ていると、古代インドにタイムスリップしたかのようです。IT産業の最先端を行くインドのもう一つの顔です。

 ルンビニーは、ネパール南部にあります。紀元前3世紀にアショーカ王が建てた石柱により、ここで釈尊が誕生したことがわかりました。母親のマヤ夫人の名前をつけた「マヤ堂」の中には、釈尊が生まれた場所であることを示す「マーカーストーン」があり、お参りすることができます。「ああ、まさにこの場所でお釈迦さまがお生まれになったのだ」と、想いは2500年の昔に飛んでゆきます。佐藤先生によれば、つい最近のマヤ堂内の発掘で木造の祠堂の部材が発見され、釈尊の時代が300年遡るかもしれないそうです。

 ブッダガヤーは、修行をしつくした釈尊が菩提樹の下で瞑想をし、「すべては因と縁によって生じ、この世は移ろいゆくもの。それに目覚めることにより苦しみをなくせる」と覚り、安楽の境地になられた場所です。菩提樹の隣には高さ50メートルの大菩提寺がそびえ、仏教聖地で最も巡礼者が多い場所です。チベット、スリランカ、タイ、ビルマ、西欧人など世界各地からの仏教徒の姿がみられ、「同じ仏教徒の仲間がこんなにたくさん」と、つながっているんだなあという気持ちがわいてくるところです。

 サールナートは、釈尊が初めて法(教え)を説いたところです。インドでもっとも有名な聖地ベナレス(バラナシともいう)の近くにあります。ダメーク・ストゥーパと呼ばれる巨大な仏塔のまわりを、五体投地しながらお参りするチベットからの巡礼者からは、信仰に対する真剣な姿勢が伝わってきます。考古博物館には初転法輪像などすばらしいお像が展示されています。

 クシナガラは釈尊が涅槃に入られた地で、6メートルの涅槃像をまつった寺院が建てられており、各国からの参拝者がお像に袈裟のように布をかけて供養していました。釈尊を火葬したところには荼毘塔があり(私が手に持っているのがその写真です)、舎利つまりご遺骨は各地に分けられ、ストゥーパ(半球形の塔)が築かれました。私は、荼毘塔の土を一つまみ持って帰りました。いずれ供養塔を建てる時、納めたいと思っています。

 仏跡を巡る旅は、仏教史跡を探訪する旅ではなく、「ダルマヤトラ」つまり釈尊の教えに近づくための巡礼の旅です。
 旅のさなか、釈尊がほんのしばらく前に滞在された地を訪ねたような、ひょっとすると釈尊のうしろ姿を見たのかもしれないような気持ちになりました。

 インドには現在も残酷な差別や、価値観を根本から問われる事象があり、訪れた人は答えようのない問いかけを投げかけられます。そんな世界にあってこそ、心を清浄に保つ道を示して下さった釈尊の存在に、あらためて帰依の心が湧いてくるのでした。
 皆さまもご縁がありましたら「ダルマヤトラ」のご経験を持たれることをお勧めいたします。

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