2014 年 8 月 のアーカイブ

大吉寺・感応寺(玉川組)の「災害対策」について

2014 年 8 月 6 日

narita 東日本大震災発生当時、私は浄土宗東京教区青年会の会長を務めており、被災地支援に努めてきました。任期満了の平成24年4月より同会の災害対策委員会委員長として、東日本大震災の被災地支援と同時進行で東京で災害が起こった場合の備えを検討してきました。

(写真・文:感応寺住職 成田淳教上人)

 東京都の災害想定や災害に関係する資料等を調べていく中で、平成25年4月1日より、帰宅困難者対策条例が施行される事を知りました。趣旨としては、災害発生直後の危険が伴う中での移動を抑制すると共に、多数の帰宅困難者により道路が混雑し、優先して行われるべき救助・救援活動などに支障が生じる事を防ぐための条例です。

 事業者は、従業者3日分の備蓄を行う事、集客施設は利用者の安全確保に努める事が主な内容です。
 それらを基に、私なりに災害時の寺院の有り様を想定し、下記の準備を行いました。

①食料及び生活用品の備蓄
 ◎食料品の備蓄
(各画像はクリックするとより大きく表示されます)
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 法事やその他の参詣者を大吉寺は30名、感応寺は20名の想定で、それぞれ3日間の食糧及び生活用品の備蓄。また、この人数想定は、余裕を以って客殿等で寝起きできる人数でもあります。
(約2畳あたり1人程度の面積で計算)

 ご法事が有る場合は、檀信徒が帰宅困難者とならないように、3日間寝泊りできる想定とし、ご法事が無い時には、近所の避難所に寄付する等有効な活用を考えます。
 他の地域で災害が起こった場合は、半分程度の量を被災地に提供する予定です。

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 感応寺の収納スペースは幅180cm×奥行45cm×高さ180cmの棚二つで十分な余裕があります。
 大吉寺の収納スペースは180cm×60cm×180cmの棚二つに収納しています。
 賞味期限は3年~5年のものが多いので、3年の場合は2年で、5年の場合は4年で買い替え、慈善団体に寄付したり、檀信徒に試食として配布する予定です。
 水については、一回目の入れ替え時には、飲料用以外の非常用水として、そのまま保管する事にしました。
 平均3年で入れ替えるとして、1年あたりのコストはおよそ下記の通りです。
 10人分約25,000円、20人分約40,000円、30人分約50,000円、
 40人分約70,000円、50人分約85,000円。
 備蓄用食料品は、リストをもとにamazonや楽天などネット通販で揃えました。
 この場合、賞味期限などの項目をしっかりとチェックして、信用できる業者から購入する必要があります。

生活用品の備蓄
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 生活用品も、食料品と同様amazonや楽天などネット通販で揃えました。生活用品は項目ごとに同じ出展者で揃えると、必ずとは言えませんが、同じダンボールに入って届くので、内容確認してそのまま、収納する事ができて便利です。

 大吉寺の場合は客殿が畳や絨緞なので座布団を利用する等して、寝る事ができますが、感応寺の場合は土足のまま入るスタイルなので、キャンプ用の銀マットを毛布と同数用意しました。

②ソーラーパネル等電源の設置
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 大吉寺・感応寺の両寺共にソーラーパネルを設置、停電時の電源を考えています。
 感応寺の場合は5kwのソーラーパネル、4kwhの蓄電池を置き、一時的には、各種充電や、扇風機程度を動かせるように考えています。
 また、両寺共小型の発電機を用意しています。
   太陽光パネル一式 2,700,000円
   蓄電池・無停電装置 750,000円
 感応寺のソーラーパネル設置や蓄電池は、感応寺と関係のある株式会社イーウェイズを通して購入設置しました。パネルメーカーや電池メーカーを調べてもらい、メーカーごとの性能比較や金額比較、設置工法(屋根に穴を開けない工法)などを見た上で決定しました。

③暖房器具の変更
 エアコン以外に電源を使用しないタイプの灯油ストーブを数台使用しています。燃料の入れ替えも考え、冬場は、灯油ストーブを主に使用しています。
 灯油ストーブは、暖が取れる他、少量のお湯を沸かすこともできるため、災害時にも有効と考えています。
 灯油は最寄りのガソリンスタンドで配達してもらえるところから、灯油タンク4つを購入し、冬場は4つのタンクをローテーションで使用し、残りが1つになった段階で3つ分を発注することとし、常にタンク1つ分は灯油が有る状態にしています。

④演習(バーベキュー)
 災害用に備蓄している調理用品等は日常のものと使い勝手が異なる為、それらが倉庫に有っても、いざという時に危険な使い方をしたり、うまく使えなかったりという事がないように、その他の準備をする事無く、突然「今日の夕方、有るものを使ってバーベキューをします」と職員に言い、使ってみるという事を行いました。
 その中で、炭火がうまく起こせないとか、ランタンが今あるものでは暗い、その他の意見を纏め、足りないものや、有ると便利なものを追加する等しました。

⑤備蓄品の管理
賞味期限や燃料類のローテーションなど、計画通りの物品を使える状態で維持するために、見える位置に消費期限を書くようにしていますが、Excelで期日の管理をするなどの方法を試用中です。

以上

今月の法話(8月)

2014 年 8 月 1 日

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「嘘も方便?」

 巖谷勝正(玉川組 祐天寺)






 愚衲は昭和34年の生まれですが、子どもの頃にはまだ「嘘をついたらお閻魔さまに舌を抜かれる」とか「嘘は泥棒の始まり」と言われ、厳しく戒められていました。時は平成に至って、あるコンピュータを使った犯罪で犯人が平気で嘘を言う姿が取り上げられ、NHKが街頭インタビューを報道しました。「嘘をつくのは仕方が無い」「人を待っていて、その人が来たときに『私も今来たところなんだ』と答えるのも嘘」などと嘘を肯定する意見が多く取り上げられていました。このニュースを見て、「あれ、嘘って何だっけ?」と一瞬わからなくなってしまいました。人間はある程度嘘をつかなければ周囲との関係を良く保つことはできないのでしょうか。人を傷つけず、逆に思いやる言葉は嘘と言うのでしょうか。

 改めて、日本語大辞典を引いてみました。「本当でないことを、相手が信じるように伝えることば。事実に反する事柄。正しくないこと」などの説明が並びます。しかし、この説明ですと、確かに人を待っているとき「ずいぶん待ったよ」と正直に答えるのと「いえ、ぜんぜん待ってないよ」と嘘を答えるのとどちらが良いのかわからなくなってしまいます。嘘は一概に悪いものではないと今の人たちが考えるのもうなずけます。

 さて、それではお釈迦さまは嘘をどう捉えていたのでしょうか。仏教では、十悪という概念があります。人は心と体と口で十の悪いことを犯しているという言葉です。その内、口で犯している悪いことが嘘に相当することだと愚見しました。

 口でする悪い行いは4つあります。「妄語(もうご)・綺語(きご)・悪口(あっく)・両舌(りょうぜつ)」です(以下『望月仏教大辞典』を参照)。

「妄語」とは、本当のことでないことを言うことで、見ていないことを見たと言い、見たことを見ていないと言い、聞いていないことを聞いたと言い、聞いたことを聞いていないと言い、知っていることを知らないと言い、知らないことを知っていると言い、自分のため、人のため、あるいは財産のためにこれらのことを言って、執着することを言います。

「綺語」とは、よこしまな心を持って正しくないことを言うことで、たとえ、本当のことであっても言うべき時でないときは綺語となり、益がない場合でも綺語となり、その言葉に本末がなく義理に欠けるときも綺語となります。また荒っぽい言葉、怒りを伴った言葉、正しくない考えに基づく言葉、聞くものよりも勝っていると過信して言う言葉なども綺語になります。

「悪口」とは、人を傷つけ、悩ませる言葉を言います。

「両舌」とは、2人の間に入って、それぞれに相手の陰口を言い、両者を仲違いさせ喧嘩させることを喜ぶことを言います。

 たとえば、狼が来ていないのに狼が来たと言って村人を混乱させるのは「妄語」となり、人を褒めようと思って正しい言葉を考えたとしても、大勢の人のいる前で話してしまい逆に恥をかかせてしまうなど、不適切な時と場所では「綺語」になってしまいます。

 あまり良い例が浮かびませんが、仏教では単に嘘という言葉でひとくくりには考えていないことがわかるでしょう。あるいは、嘘ということを仏教で考えるときは、上の4つの言葉を指すと考えるべきでしょう。そうするとやはり嘘をついてはいけないということがすっきり理解できると思います。

 1度の人生やはり正直に、言葉を適切に使って明るく正しく仲よく過ごしていきたいものです。でも人間ですから「綺語」を発してしまうことはしょっちゅうです。そういうときこそ最善の言葉である「南無阿弥陀仏」を称えて、綺語を帳消しにしていただきつつ、人生を一歩一歩歩んでいきましょう。

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