2016 年 6 月 のアーカイブ

今月の法話(6月)

2016 年 6 月 1 日

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「浄土門」
桒原忠夫(北部組光増寺)


 昨年4月に東京教区布教師会は、増上寺において80歳の御高齢になられた石丸晶子さまをゲストとしてお招きし、「カトリッ教会の法然上人」という題にての講演があった事を『師子吼』第7号(浄土宗東京教区布教師会報)を拝読し知りました。

 石丸さまは、キリスト教会の聖人のお話をする機会があり浄土宗の懷が深いことに感心され、この深さは、法然上人の大きさ、深さだと述べられていました。

 法然上人が念仏を広められる以前の仏教は悟りを得るためには、厳しい修行を積むしかないという教えであり、極めて限られた人にしか実践できないと言う「聖道門」仏教であり、これに対して、法然上人の「浄土門」仏教は、つまり立派な人々を対象したのと異なり一般の人々つまり、苦行したり、学問を積んだり、戒律を守ったりという事ではなく、「南無阿弥陀仏」とただ称えれば誰でも等しく極楽浄土へ往生出来るものである。私ども宗門に身を置く者としてはよく知っていると自覚していたつもりが、石丸さまの講演で再び学んだのでありました。

 石丸さまは、日本の仏教は、法然上人により180度変わりました。それは今から800年前の仏教改革者でありました。そして、今から僅か50年前に、法然上人の聖道門仏教から浄土門仏教へ改まった事がカトリック教会でも起こったことを語られました。

 それは1873年フランスにテレーズ・マルタンという聖者が現れた事。彼女は15歳で聖道門カトリック中、戒律がきびしかったカルメル会と言う修道会に入り24歳の若さで亡くなったそうです。修道院活動中に書かれた「神様が小さい花に下さった思い出の記」の書物を修道女になってからの内面生活・精神活動を執筆されました。その記が没後に刷られ瞬く間に信者に評判となり、ついに世界中に広がり読み継がれ、信仰思想から彼女の教えは1963年にカトリック教会での第一バチカン公会議により、カトリックの高位聖職者を動かし、聖道門から浄土門へとがらりと変わったお話をされました。この講話で世界で最初に宗教改革をされた法然上人の偉大さを痛感した次第であります。

 それでは法然上人のお説きになる「浄土門」とは何んでしょうかと改めて考え直しました。

 法然上人は修行中に善導大師の観経䟽の経文の「一心に専ら弥陀の名号を念じて行住坐臥に時節の久近を問わず、念々に捨てざるもの、これを正定の業と名づく、彼の仏の願に順ずるが故に」からヒントを得られ「南無阿弥陀仏」さえ称えれば、誰でも往生できると確信されました。

 それまでの仏教は、私たち自身が仏を選んで、自ら勉学に励んで智慧を極める方法(聖道門)であったのに対し、仏の方から私たち衆生に向かって示される方法(浄土門)へと言う考えを800年前にお説きになられました。

 専修念仏を主張され、阿弥陀仏を念ずれば仏の方から衆生を救って頂ける方法に改革されたのでした。

「浄土門」とは、価値観をこの世の向こう側にある御浄土の世界に置かれ、この世をお念仏を申し上げる往生する為の準備期間とされたのでした。

 この世ではお念仏をし、極楽にひとまず往生して、次には環境を変えて仏になるための修行をしようと言う発想を考案されたのでした。
 
 石丸さまの講演内容を知った頃、イタリアの知人よりヴァチカン王国でフランシスコ法皇のミサと法話が平成28年4月29日(土)開催される招待状を頂き、7万キロ離れたイタリー国へ行き出席しました。広場は世界中から集まったカトリック信者が6万人も集まり前方の席にて拝聴して参りました。法話はイタリア語でなされ約10分間のスピーチでした。内容は「神は富める人も貧しい人も平等にて慈愛の心でお助け下さる」という内容でした。法皇の心の中に浄土教の思いがあるのかと思うと感激した次第であります。

 世界で12億7千万人の信者がいるとされるカトリック教の熱心な参列者と法皇の約40分のパレードは目を見張るものがありました。訪伊したのも熱心なカトリック教会の信者、石丸晶子さまの増上寺での講演のお陰さまでした。

平成28年5月25日  

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