2017 年 10 月 のアーカイブ

仏教音楽コンサート「未来に響く み仏のこころ」

2017 年 10 月 30 日

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仏教音楽コンサート「未来に響く み仏のこころ」
THE SOUND OF BUDDA


 ~浄土宗開宗八百五十年慶讃おまちうけ・浄土宗東京教区寺庭婦人会発足50周年記念~



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平成30年6月27日(水)午後2時
会場:サントリーホール
チケット:3,000円

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日本古来の聲明、礼讃などの旋律と、明治以降に西洋の音楽と融合して作られた仏教音楽の両方を通して、み仏のこころを感じていただくコンサートです。生涯をオルガンと仏教音楽の研究にささげた伊藤完夫氏が、インドの詩聖タゴールの詩に感涙し作曲した「ばあらたの岸辺」のオーケストラ版初演は皆さまの胸深く響くことでしょう。

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主催:浄土宗東京教区寺庭婦人会
後援:浄土宗・大本山増上寺
   ・浄土宗関東地方教化センター・浄土宗東京教区

プログラム
 ◎聲明、礼讃、詠唱
 ◎伊藤完夫作曲:オルガン奏鳴曲「讃仏」
 ◎合唱作品
  念仏(編曲 D.Hunt)
  仏はつねに(作曲 橘 静雄/詞 『梁塵秘抄』より)
  いのちの理由(作曲/作詞 さだまさし)
 ◎伊藤完夫作曲:ばあらたの岸辺
  (原詩 タゴール/訳詞 渡辺照宏)
   1959年作品
  ★オーケストラ版初演
  (オーケストレーション:東野珠実)

出演
 指  揮:齊藤一郎
 管 弦 楽:東京交響楽団
 合  唱:東京混声合唱団
       大本山増上寺合唱団(有志)
 オルガン:小島弥寧子
 ソプラノ:大西ゆか
 ア ル ト :山下牧子
 テノール:中鉢 聡
 バリトン:青山 貴
 大本山増上寺式衆会・関東吉水講有志

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お問い合わせ:「仏教音楽コンサート」実行委員会
電話:070-4297-5975

◎チケットご希望の方は、FAX・メール・郵送にて、住所・氏名・購入枚数を記し、仏教音楽コンサートチケット購入希望と明記の上、FAXまたはメールにてお申込み下さい。 
     
FAX番号:03-4586-9779
メール:tiket.tokyojitei@gmail.com
郵送:〒135‐0022
  東京都江東区三好1-4-16
  松林院 内
  「仏教音楽コンサート事務局」宛

チケット代金振込先:ゆうちょ銀行
   口座 記号00160-4 番号586446

受付開始日:平成29年12月1日

今月の法話(10月)

2017 年 10 月 1 日

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「ご先祖さまのこと」


 入西智彦
(城北組得生院)



 お彼岸も過ぎ、十月を迎え秋の深まりを感じるようになりました。

 最近、顔も見たことのない先祖の供養に参列する必要はないのではないか、という趣旨のことをおっしゃる方がありました。ゆっくりお話できる状況ではなかったので、その方の真意はわかりませんでしたが、私にはちょっとした衝撃でした。

 でも、考えてみれば、直接会ったことがない人に親しみを感じにくいのも当然のことかもしれません。多くの方の場合、曾祖父母様にお目にかかったことがあるかどうかといったところで、その前となると「顔も見たことのない先祖」ということになって、名前もすぐにはわからない。

 人数で考えても、曾祖父母で8人、5代さかのぼれば32人、10代で1024人、当たり前ですが倍々で増えていくのです。さかのぼれば重複することもあるでしょうが、とにかく大勢のご先祖さまがいらっしゃる。

 さらに「先祖」とひとくくりにすると、漠然としてしまって、そのお姿を具体的に心に思い浮かべることもむずかしい。また、多少の記録が残っていても、すべてのご先祖さまについてくわしく知ることはできません。

 それでも、いま私たちがここに生きている以上、記録がないからといってご先祖さまたちが存在しなかったわけではありません。明治維新のときも江戸幕府開府のときも、もっとさかのぼって奈良・平安時代、さらにもっと過去の時代にも、ご先祖さまひとりひとりが、それぞれの人生を私たちと同じように一生懸命生きていたはずです。職業もさまざま、長寿の方も短命の方も、成功者もつらい人生を送った方もいたことでしょう。

 であれば、私たちで勝手に想像してみるのもひとつの方法だと思います。

 たとえば、博物館で展示される歴史資料を見学するとき、歴史小説を読んだり、大河ドラマを視たりするときにも、資料が示し、作品に描かれた時代を自分のご先祖さまが生きていたことを心に思い描くのです。

 いまに伝わる歴史的瞬間を目撃した人も、そんなこととは全く関係なく自分の生活を送っていた人もいたでしょう。どんなふうに想像してもよいのです。具体的な歴史的事実を知ることはできなくても、それぞれの時代を生きたご先祖さまの息吹を身近に感じとることができるかもしれません。

 そして、どんな人生を送ったご先祖さまであれ、おひとりでも欠ければ私たち自身が存在しないのだと考えると、ご先祖さまのありがたさと同時に、自分という存在がいかに貴重なものであるかが実感できるのではないでしょうか。顔を見たことがあってもなくても、大勢のご先祖さまの人生の連なりの果てに、私たちがいまを生きているのですから。

 ご供養への参列の要不要の問題を超えて、そうした想像力が人生を豊かに、大切にすることになると思いますし、ひいては私たちにいのちをつないでくれたご先祖さまへのご恩返しにもなることでしょう。

 こんなお話、当たり前のことだといわれればそのとおりなのですが、当たり前のことを知っていて普段忘れがちな私たちですので、秋の夜長にご先祖さまおひとりおひとりの人生に思いをいたして、想像を巡らせてみるのも私たちの人生に大いに意義あることではないでしょうか。

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