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今月の法話≪東京教区所属の僧侶による法話を連載いたします≫

平成31年2月「随喜随悲」服部光治(玉川組光専寺)

2019 年 2 月 1 日

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喜び悲しみをともにする

 私は国際仏教興隆協会という、インドのブッダガヤで印度山日本寺(いんどさん・にっぽんじ)というお寺を運営している公益財団法人の事務員として勤めております。ブッダガヤは「お釈迦様がお悟りを得られた聖地」として知られ、誕生の地ルンビニー、初めて説法をした地サールナート、入滅の地クシナガラと並んで仏教の四大聖地のひとつに数えられます。

 その場所に50年ほど前、浄土宗を始め宗派の違いを越えて、日本の仏教徒が協力して、日本仏教の寺院としてお寺を建立しました。インドの聖地にある日本仏教徒みんなのお寺、その名も印度山日本寺です。

 ブッダガヤの町の中心にはマハーボーディ寺院(大菩提寺)があり、その境内には大きな菩提樹の木があります。ここが正しくお釈迦様がお悟りを得られた場所です。
2600年ほど前、お釈迦様はこの地にあった菩提樹の木の下でお悟りを得られました。
 
 悟りを目指す仏教徒において、お釈迦様が実際に悟りを得られたこの地は最上の聖地とされ、世界中の仏教徒をはじめ、多くの観光客も参拝にやってきます。2002年には世界文化遺産に登録されました。

 ブッダガヤを訪れる仏教徒は、皆それぞれの国に伝わった教えに基づき、参拝や修行を重ねています。マハーボーディ寺院の塔の周囲を五体投地という礼拝をしながら進む人や、近くに犬が来ようとも静かに何時間も瞑想を続ける人、体を揺らし独特のリズムで懸命に経を読む人、皆、熱心に行じています。
 気候の良いシーズンともなると境内は人でごった返し、仏法がこんなにも広まっていることを、そしてその仏法に依って行ずる人が多いことを改めて感じさせられます。

 ちなみにインドでは、仏教自体は衰退しヒンドゥー教の中に取り込まれますが、お釈迦様もヒンドゥー教の神様の一人であるため、多くのヒンドゥー教徒の方々も参拝に訪れます。この地は、仏教・お釈迦様という共有点をもとに人々が集まる聖地という環境が他のまちとは異なり、何とも言えない独特の平和な雰囲気を作り出しています。

 しかしその一方で、ブッダガヤの位置するビハール州は、広いインドの中でも最も貧しいとも言われる地域です。識字率も低く、これといった産業がないため、現地の住民には厳しい生活をする人も多く暮らしています。直接土の上で生活をしたり、小さい子がさらに小さい子の子守をしていたり、さらには物乞いをせざるを得ない方もいます。
 マハーボーディ寺院など外に出るたびに彼らを目にし、どう振る舞ってよいものか戸惑い、その光景に心を痛めたのは私だけではないと思います。

 ここブッダガヤに参りますと、喜び悲しみをともにする「随喜」「随悲」、という教えを強く意識させられます。
 お釈迦様は、他人が善い行いを修めるのを見ては、ともにこれを喜び、困難に向かう人を見れば、ともに震えともに悲しむ、その心を常に意識し実践するよう教えられました。

 海外の仏教に精通し活躍された先人であります渡辺海旭上人(1872ー1933)は、「最も美しい仏教の言葉」としてこの随悲をあげています。お釈迦様は古(いにしえ)のこの地で辛く困難に向かう人に寄り添い、ともに震え、ともに悲しんだことでしょう。

 そしてまた、数限りない苦悩する人々のために、こころを震わせ、ともに悲しみ、ともに痛みを感じてくださる仏様がいます、それが阿弥陀如来様です。
私たちが「南無阿弥陀仏」とそのお名前を呼ぶだけでそばにいてくれ、どんなときにも離れずにいてくださる。こんなに心強いことはありません。
 阿弥陀様と離れないためには、日ごろのお念仏が肝要です。皆様がお念仏とともに、阿弥陀様とともに、お念仏の生活をお送り頂けたら幸いです。南無阿弥陀仏

㏚. ぜひ聖地ブッダガヤへ、そして印度山日本寺へも一度訪れてみてくださいね。

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