浄土宗東京教区教化団

平成28年3月「お彼岸と敬いの心」日比野郁皓(浅草組榧寺)

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「お彼岸と敬いの心」

日比野郁皓(浅草組榧寺)






 いよいよやわらかい春の日差しに花の便りも聞かれる3月、お彼岸の季節となりました。めまぐるしく気温が変化したあとの春の到来、自然のいとなみが今年はことさらに新鮮に感じられます。お彼岸のお中日は春分、秋分の日として国民の休日となっていますので、お彼岸には多くの人々がお寺参りをします。

 お彼岸の行事は太陽が真東から昇り真西に沈む春分、秋分の日を中日として、前後3日ずつ合わせて1週間行われます。毎年のお彼岸には太陽の沈む真西の方向、すなわち極楽浄土に向かって多くの人が手を合わせ、お浄土の大切な家族やご先祖が幸せでありますようにと祈ってきました。また、彼岸とは私たちの住む俗世に対して悟りの世界のことですので、この期間は、悟りの世界に向けて精進する期間でもあるとされています。

 彼岸会の伝統は日本独自のものですが、この世を去った大切な人達が来世でも幸福であって欲しいということは、形式や期間こそ異なれすべての仏教徒共通の祈りといえるでしょう。また、現世に於いては年長者を尊敬し大切にする伝統も過去においては仏教国の共通の伝統であったと思います。

 私は浄土宗の先輩の皆様のお導きのお蔭で、20代から今日に至るまで世界仏教徒連盟に関係させていただき、また近年では国際仏教婦人会に参加し、いろいろな国の仏教徒の方たちと接してまいりました。そのご縁がきっかけとなって、現在では浅草蔵前にある私のお寺の学寮には、アジアや欧米からの若い学生や社会人が何人も住んでいます。その方達はお寺のお手伝いをしながら日本の文化や、仏教について学んでくれています。

 なかでもタイ人やマレーシア人などは、親戚か家族のようなお付き合いをさせていただいてきました。そんなご縁の中で私が学ばせていただいたことがあります。ある時、タイの結婚式に招待されたときのことでした。タイでは結婚式はたくさんの招待客が来る大きなイベントです。まず一部の選ばれた招待客はバスを連ねて新婦の家に招かれます。新婦の家ではその家の先代や先々代の家族の写真がずらりと並べられ、新郎新婦は招待客の前で、ご先祖様に結婚の報告をします。次に2人は親類の年長者たちに献茶をし、人生の先輩たちからお祝いやアドバイス、智慧の言葉をいただく儀式が行われます。

 タイでは王族が仏教徒ですのでほとんどの結婚式は仏式で行われます。夕方から披露宴が行われますが、ウェディングケーキに入刀すると、新郎新婦はお皿に乗せたケーキを持っておじいちゃまおばあちゃまや長老の席に行き、ケーキの一切れをお口にまで入れて差し上げるのです。そして若い2人は床に五体投地のような姿で尊敬と感謝の気持ちを伝えます。それは年長者を大切にする本当に美しい光景でした。日本人とは慣習が違いますが、先祖や年長者を大切にする心は仏教の国々に脈々と生きているのだと感じました。ふり返ってみると、日本人の私たちは日々の仕事に追われるあまり目上の方や先祖を敬う心を失いつつあるような気がしてなりません。

 お彼岸はこうした心をとりもどす素晴らしい時間であり、日本人が誇りに思って良い風習だと思います。春のお彼岸、日頃の忙しい生活をひとときはなれておじいちゃま、おばあちゃま、ご兄弟、お孫さん達、ご家族皆様、お待ち合わせになってお寺参りをなさったらいかがでしょう。一緒にご先祖に手を合わせ、お念仏にのせて敬いの心を手向けたいものです。