浄土宗東京教区教化団

平成28年12月「感謝をする心」多賀谷浄繁(北部組浄正寺)

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 今年一年もまた振り返ってみると、あっという間でした。その日その日をそれなりに忙しく賢明にすごしてはきたけれども、何をしてきたのか、これといったことも無しえず、目の前のことに紛れて過ぎてしまいました。そんな思いがつのります。

 一日が終わり眠りにつく、朝、目が覚めると一日が始まる毎日が当たり前のように生活をしています。朝起きると息をしていること、指や手足が動くこと。自分で起き上がることが出来ること、ご飯が食べられること、庭に出ると木々の間から日が差し、季節の草花が咲いているのも見る事が出来ます。どれもこれも毎日の出来事ですが、このことが、幸せだと感じられる心こそが豊かさではないでしょうか。

 人生の喜びというのは、生きていることが当たり前ではなくて、生かされて生きていることに気づかなければならないということです。普段、生活をしていると自分の力で生きていると思っていますが、それはとんでもない間違いです。心臓が動いているのも、血が流れているのも、決して自分の意志ではなく、それは大きな力によって動かされているのです。有難いことなのです。

 当たり前のことに対する感謝の気持ちを忘れ、自分は何でも出来ると思い込んでいる。うまくいかないのは運命のせいだと思っている。自分の欲望にとらわれて「隣の芝生は青い」というように、ほかの道に心を奪われ、自分の適性に沿わない道へ進もうと無理を重ねる。見栄や体裁にとらわれて、適性を無視し、間違った方向へ行こうといった姿が、感謝をする心を忘れ、不満ばかりに目を向けている。これでは幸せになれるはずはありません。

 幸せだと感じることは、起こる出来事が決めるわけではなく、環境が決めるわけでもありません。自分の心が決めることです。幸せになるのは簡単なことなのです。幸せはなるものではなく、気づくものだからです。幸せは自分のとらえ方で決まります。生きていることへの感謝、生かされていることへのありがたさ、みんながお互いを大切にしあい、生かしあっていこうという考えをもって日々暮らしていけば、小さな思いやりの輪があちこちで生まれ、ひろがり、やがては、お互いに平和で明るく幸せに生きていることに、気づくのではないでしょうか。小さな幸せを感じる、その感情が未来の幸せを呼び寄せます。それが人生の喜びの生きる秘訣ではないでしょうか。