浄土宗東京教区教化団

平成29年5月「自分を見つめる」大野智行(浅草組天嶽院)

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『はきものをそろえる』
「はきものを そろえると 心もそろう
 心がそろうと はきものも そろう
 ぬぐときに そろえて おくと 
 はくときに 心が みだれない
 だれかが みだして おいたら
 だまって そろえて おいて あげよう
 そうすれば きっと
 世界中の 人の心も そろうでしょう」

この詩は長野県にある曹洞宗円福寺の藤本幸邦師が脚下照顧(きゃっかしょうこ)の教えをもとにつくられました。
脚下照顧とは『広辞苑』にも「脚下を照顧せよ」と記されており、「足もとを見なさい」から転じて「履物をそろえましょう」と標語的にも使われています。

「脚下」とは自分の足元を意味します。「照顧」は反省し、よく考え、よく見ることです。自分の足元を見るとは自分自身や自分の心を振り返り、今の自分を見つめなおすことです。

他人の行動は目につきやすいものです。自分自身を顧みないのについつい他人を批判してしまうこともあります。他人を批判する前にまず自分を見つめなおしましょう。他人に向ける目を自分自身に向けて常に自分の足元を疎かにしないように気をつけることが大切ではないでしょうか。

また、自分の足元について身近なことで考えてみると靴の脱ぎ方が浮かびます。靴の脱ぎ方を見てみると、その人の今の心の状態がわかるような気がします。脱ぎっ放しの靴を見ると、「だいぶ疲れているのではないか」、「最近忙しくて焦っているのではないか」と感じますし、脱いだ靴が揃えてあれば「きちんとしているな」とか「心にゆとりがあるな」と感じるかもしれません。
玄関を見ればその家の様子がよくわかるといいます。玄関は家の顔です、履物が綺麗に揃っている家は、家族みんなの心が穏やかではないでしょうか。

心にゆとりができれば自分自身がよく見えてくるでしょう。自分の履物を揃えて脱げるようになったら、他人の履物の乱れもなおせます。どんなに忙しい時でも履物を揃えて脱ぐ、そんな心のゆとりが欲しいものです。そうなれば、今よりももう少し他人に優しくなれるのではないでしょうか。

他人から優しくされた人は、違う誰かに優しくしてあげられます。自分の優しさがどんどん広がっていくような気がします。そう思いながら日々の生活を送るのも悪くはないと思います。

仏教では「自分を見つめなさい」と言います。自分ひとりだけで生きていけることはなく、様々な「ご縁」に支えられて生かされていることに気づきます。足元を見つめなおして、こうした「ご縁」を大切にしていきたいものです。 合掌